有野君は今日も告る③

「死ぬまであなたに寄り添います! 僕と付き合ってください!」


 告白とプロポーズをはき違えたセリフを力強く放ったのは有野ありの君だ。実は学力はそれなりに高い。要領の悪さを努力でカバーする秀才タイプだ。人気のない教室、窓から見える夕暮れ、うら若き男女、と「え、逆に告白以外にすることあんの?」と開き直りたくなるようなシチュエーションの中、重たい告白をする有野君だったが、やはりその言葉には謎の迫力があった。


「……」


 長い髪を指に巻き付けながら有野君の告白を聞いていたのは、川上亜美かわかみあみさんである。その美貌の影響力はこの学校だけにとどまらず、他校にも知れ渡り、ファッション雑誌で取り上げられるほどだ。各種SNSでフォロワーは万単位をたたき出し、ファンクラブが設立されるほど。全く下品に見えない美しい金髪に、きめ細やかな白い肌。物憂げなのに凛とした瞳。身長168センチ。推定Fカップ。


 「完全無欠のパーフェクト美少女」といえば彼女のことだ。これは私が付けたわけではない。雑誌の煽り文句だ。



 そんな私は誰かって? よくぞ聞いてくれた。誰も聞いてくれなくても言うけど。



 私は森矢もりや。有野君の幼馴染にして腐れ縁である。今、たまたま掃除用具入れの中にいて(説明は野暮だ。私が掃除用具入れに引き寄せられるのは、名探偵が殺人事件に引き寄せられるのと同じだ)、ただならぬ雰囲気の二人が教室に現れたことによって、表に出ることができなくなってしまった哀れな女子高生である。


 もう私と掃除用具入れの間には、道具と使用者という関係を越えた、ある種の絆が生まれていた。私が掃除用具入れの金属に触れることは、掃除用具入れが私に触れることになり、私達は表裏一体の関係となっている。何を言っているか分からないだろう。私も分かってない。


 私と掃除用具入れの関係が哲学における境界線問題に突入しているのをよそに、二人の間には沈黙の時が流れていた。


 ていうか有野君。サイコもいくとこまでいったな。よりにもよって川上さんはないだろう。もうこれはね、アイドルの握手会でいきなり告白&プロポーズぶちかますようなもんだよ? そんなことしたら普通にボディーガードとかにぶちかまし食らうよ? 相撲技の。


「……」


 川上さんは黙ったままだ。ちょっと不機嫌そうな表情が正直怖い。美人の不機嫌そうな顔って、なんでこんなに怖いんだろう。今真正面から彼女の顔を見たら、何の理由もなくても謝ってしまいそうだ。もしかしたら人生で初めて心の底から「ぴえん」って言うかもしれない。


 長い沈黙だ。しかし、いくら長い間があこうとも、結果は変わるはずがない。今回の告白の結末は、誰もが予想できるものだ。

 

「そう、じゃあ付き合おうか」


 ほーら。見たことか。残念だったね。有野君。「アイドルを見る時は部屋を明るくして離れてみましょう」なんて小学生でも常識……。




 え、うそ。





「いいんですか!」

「うん。いいよ」

「やった……ありがとうございます!」

「うんうん。あ、もう彼氏彼女なんだからさ、敬語とかやめよーよ」

「え、あ、はい」



 私が放心状態になっている間に、なんだか上手い事話しが進んでいる。川上さんも柔和な笑顔を向けている。有野君の方は驚きと喜びで目も当てられないほどに崩れた顔をしている。眉毛が下がりすぎて地面に落っこちそうだ。だらしない。福笑いかお前は。



「今日は友達と約束あるから、またね」

「は、はい!」



 元気よく返事をして有野君は嬉しそうに教室を出て行った。それを軽く手を振って送り出す川上さん。怪しい。あまりにも怪しすぎる。こんなことがあるはずがない。


 私が掃除用具入れの中で首をひねっていると、教室に一人残った川上さんは携帯電話をとりだした。その表情は先ほどまでの柔らかさを感じさせない、ひどく冷淡なものだった。


「……もしもし。ああ、やっぱり告られたよ。うん。もう入ってきて大丈夫」


 川上さんはそれだけ言うと電話を切った。机の上に腰かけ、スマホを長い指で操作し始めた。どうやらここで誰かと待ち合わせしているらしい。そうなると、私もしばらくこの掃除用具入れから出られないだろう。



 どうなる、有野君。どうなる、私。

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