4.冒険者ーはじまりへの序曲

「残り2匹! 僕が仕留めるよ」

「待ってください、また召喚陣が……!」


見落とすべきではなかったのだろう。

それは消えてはいなかった。

光を増すと高い天井に向かって巨大な影が伸びた。


翼、牙、醜悪な皮膚。


「まずい、グレーターデーモンだ!」

「……っくしょう! こいつら前座かよ!」


スライムが片付くのと同時に、動く力を得たそれは翼を広げ中空に浮いた。


「グレイターデーモン……?」

「逃げるぞ!」

「お前か……」

「おいっ、ライド!?」


背を向けて扉の外へ向かおうとする中、一人だけ仁王立ちになってうつむいて何事か呟いている。


「おかしいと思ったんだ……さっき大量発生していたあいつら……」


スライムのことだろう。

なるべく、その単語を口にもしたくないらしいので。


「ここに自然発生してるのと違ったんだ……」

「ライド!」


しかし、ライドは顔を上げない。

一番近くにいるライドに、グレイターデーモンは魔力を集め、狙いをつけてきた。


キィィィと収束した暗紫色の光が、一気に放たれる。


「お前が元凶かぁぁーーー!!!!」


一閃。

邪悪な光線すら切り抜けて、それは深く、グレイターデーモンの身体に突き刺さった。

ライドの剣だった。


「ギィィィィ!!!」

「スライムなんか先に送ってきやがって……」



「あ、駄目だ。完璧に切れてる」


全員が足を向けなおす。先ほどとは打って変わった、マイペースな足取りで。

ランティスがあーあと額に手をやった。


「魔界へ帰って、反省しろぉぉ!!!!」


どごーーーーん!


引き抜いた剣でふたたび突き立てるようにして倍はあろうかというデーモンの巨体を背中から床にたたきつける。


「ギッギッ! キ、サマハ」

「おおぉぉぉぉ!」


力圧しで召喚陣ごと押し返す。

ある意味、人間業を超えている。


「ギィアァァァァ!!」


そして、沈黙が訪れた。


「……デーモンがしゃべりきらない内に、送還されたようですが」

「うん、あいつ切れるとすごいんだ」

「一瞬にして、評価が少しだけ変わった」

「そこは少しなんですね」


ふん、と召喚陣のあった場所でついた体液を落とすように剣を薙ぐ。

そこにはふつーに剣士として様になっている、冒険者の姿がある。


「ライド、すごいね。まだ冒険者としてそんなに長くないって聞いたけど……」

「……………………………」


シンに聞かれるとライドは黙りこくった。


「あー、そこは聞かないでやってもらえるかな」


と、これはランティス。

それだけで何があったかわかりそうなものだが。


「聞かなくても君ならわかるよね」


リンクスは逆に続けた。


「ライドはスライムが大嫌いだから、目につく片っ端から『駆除』してるうちに、あぁなったんだ」


普通の冒険者ならある程度、レベルが上がればただやり過ごすソレ。


「例えるなら、スライムだけひたすら倒してレベル99になった……的な?」

「根性の人だね」

「わざとじゃねーよ、根性も何もねーんだよ。お前らだって台所に黒い悪魔が100匹いたら絶対戦慄の悲鳴上げて、片っ端から駆除するだろ!」



台所に黒い悪魔が100匹……



全員が想像してしまい、青くなった。

すごく感覚的には戦慄するのがわかりやすい。


が、スライム100匹の方がまだましだ。


「その黒い悪魔の例えはとりあえずやめてくれないかな」



さすがに気持ち悪そうにそう言ってから、シンは最奥の部屋の調査を始めた。



* * *



「それを俺に近づけるな。見せるな、袋から絶対出すな!」


ライドをしてそう言わしめているのは、帰りがけに生け捕りにした小さな花スライムと、結局、全滅させた最奥のフロアに出たスライムの一片だ。

死んでいる、とは思うがやはり遺跡との関係を調べたいとのことで持ち帰ったもの。


学者の着目点は理解しがたい。


「スライムってさぁ……」


ようやく外に出て、青空のもと一息。

街へ向けて歩きながらシンが言った。


「料理したら意外といけそうじゃない?」


「なんてことを言うんだ--------!!!!!」


当然、全力否定だが、そういえばそのぷるぷるあるいはどろどろなところは一体、何で出来ているのか。


世界最弱の、どこにでもいる存在だけあって、逆に誰も考えたことがないことだった。


「案外、ゼラチン質とかコラーゲンかもよ? だとしたらすごく応用の利く材料になるし、手近に取れ……」

「ダメ! ゼッタイ!!」


なんで片言なんだよ。


「お前、組成が分かっても絶対それ発表したりするなよ!? そんなもんが食卓に上がるようになったら俺は食堂を使えなくなるのはおろか、街でさえ歩けなくなる……!!」

「すごいね、ライド。もう商品化まで予想できてるんだ」


ある意味、ものすごい想像力だ。

嫌いだからこそ、考えてしまうのだろうが。


「商品化って……例えばなんですか?」

「聞くなぁぁぁぁぁ!!」

「スイーツならプリンとかわらび餅みたいにしていけそうじゃ」


シスターロンドの純粋な質問に答えているシン。

絶対聞きたくないとばかりにライドは両耳を全力で覆っている。


「確かに見た目がそれっぽいと言えばそれっぽいが……」

「食材とか、聞いたことがないからやっぱり抵抗あるかな」


残りの男性陣二人も返すのは苦笑と素直な感想。


「乾燥させてみたらどうなるんだろう」

「なぁ、終わった!? 話し終わった!?」


ライドは両耳を塞いで嵐が通り過ぎるのを待っている。


「終わったよ」

「シン……」


泣きそうな声で、ライドはそっと両手を耳から離した。


「干物と、スイーツ、どっちがいい?」

「終わってねぇぇぇぇぇ!!!」



「あれ、気に入られたよね」

「あぁ、気に入られたな」


そしてメンバーは、再び彼女から依頼が入るだろう未来を予測したのだった。





これが、後に魔王城すら制圧する彼と彼女の、腐れ縁の始まり。

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レベル1の俺がスライムをレベル99まで倒し続ける羽目になった件について 梓馬みやこ @miyako_azuma

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