第2話

約束の期日が過ぎた。だが幸いなことにその事実を重く受け止めるにはその頃の僕には余裕がなかった。タイミングが良い事に仕事で大きな仕様変更が発生したのだ。家には寝るために帰り、ぼうっとした頭で会社に向かう。余計な事を考える暇もなくひたすらに与えられた仕事をした。そんな日がしばらく続き、体は限界に近かったが精神的には案外安定していた。仕事の忙しさのおかげでYのことを考える脳のスペースがなかったからだと思う。やっとの思いで全ての仕事を終わらせた日、同僚達はお疲れ様会という名で飲み会に誘ってきた。正直なところ今すぐにでも帰り、死んだように寝続けたかった。しかし、あの音のない僕1人には広すぎる部屋に帰る気にはなれなかった。


「先輩!お疲れ様です。今日のお疲れ様会は先輩も来てくれますよね?」

6つ下の後輩、Aが狙ったように声をかけてくる。今年で3年目になる彼女は仕事のミスは少なく、愛嬌もあるため同部署の人間には可愛がられている。だが、僕はこのAが非常に苦手である。理由はAの顔があまりにも自分の母親に似ているからだ。最初は親戚か、母の隠し子かとも思った。しかしそれは否定された。だが見れば見るほど若い頃の母に似ている。母によく似た二重まぶたと少しつり上がった猫目を見ると反射で身構えてしまう。Aには申し訳ないが、どうにも苦手意識が抜けないままでいる。

「そうだな。一応行くつもりだよ。」

「やった!先輩が来ないなら行くのやめようと思ってました。楽しみです。じゃあまた後で!」

僕の返事を聞いて機嫌を良くしたAは軽い足取りでデスクに戻って行った。困ったことにAは僕に懐いているらしく、何かあると寄ってきては関わりを持とうとしている。苦手な相手に好かれてしまうのに、好きな相手には見向きもされない。悲しいことである。

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