4話 祝賀パーティ
旅の垢を落としきったところでドアの向こうからクラリスの声がする。
「あのー、お着替えを……」
「あ、そこ置いといてください」
「そういう訳にもまいりません!」
とうとうクラリスは辛抱たまらなくなったのか、部屋の扉を開けて入ってきた。そしててきぱきと布で私の体を拭いてガウンを着せた。
「真白様、これをどうやって着るつもりだったのです?」
「え、なにこのドレス」
そこにはヒラヒラの赤いドレスが用意されていた。
「これから討伐隊の慰労パーティがあります。おめかししませんと!」
クラリスはにっこり微笑んだ。だからってこの真っ赤なドレスは無い無い!
「いいんだけど、もうちょっと地味なのはないの……」
「むう……では……こちらは」
「えー……」
次は真っ青なドレス。さっきのよりはいいけど……。
「じゃあこれは」
「あっ、これなら」
次にクラリスが出して来たドレスはベージュだったがシルクの照りが美しいシンプルなドレスだった。
「かしこまりました。では髪を乾かしましょう」
クラリスは私を鏡台の前に座らせると、緑の石の嵌まったペンダントトップのようなものを取りだした。
「うわっ……風っ!?」
そこから吹きだした温かい風に私がビックリした声を出すと、クラリスは不思議そうな顔をした。
「乾燥用の魔石タブレットですよ。そういえば記憶を失ってらしたのでしたっけ」
「そう……! そ、そうなの。だから何も分からなくて……!」
やっぱり記憶が無いことにして置いてよかった……。私はこの世界の常識もなにも分かってない。
そのまま私はクラリスにされるがままに化粧をされてドレスを身につけた。ドレスは……クラリスが心配するのももっともだ。一人で着られるものではなかった。
「……それでは案内のものが来るまでお待ちください」
「はい……」
クラリスが部屋を下がったところで私は鏡を掴んでじっくり見た。
「……やっぱ気のせいじゃない……」
そう、さっきお風呂に入る前に見たのはボロボロの姿だったのは確かなんだけれど、お風呂に入っただけにしては……なんだか肌はしっとりしているし、髪もうるうるつやつやなのだ。メイクのせいだけとはとても思えなかった。
『本から出した薬草だ。精製しないでもそれなりの効果はある』
じっと鏡に見入っているとリベリオの声がした。
『あんまり僕の持ち主がみすぼらしくても困る。さあ迎えが来るぞ』
「あのドライハーブのせい……? すごい」
その声が途切れた瞬間にドアが叩かれた。私は迎えに来てくれたお城の人に連れられて広間に案内された。すると私の姿を見たザールさんがこちらを見て手を振った。
「ああ! 真白さん!」
「ザールさん」
「見違えましたよ! さぁ、ご馳走もお酒もあっちです。こっちは平の兵士とか回復術師とかしかいませんからどうか気軽に」
良かった。慰労パーティなんて言うから緊張しちゃった。でもみんな鎧を脱いでちゃんとした格好をしている。これは……クラリスに感謝しなきゃね。
「ああ! 聖女様が来たっ」
私を見つけた兵士さん……確か最初にダンデライオンを飲ませた人だ。その人が私を見つけて叫んだ。途端にわっと周りに人が群がった。
「聖女様っ、このロブスターのパイ美味しいですよ」
「ばか、来たばっかだからまず乾杯だろうが!」
「聖女様ー! 王子が俺らに奮発して出してくれたいいワインなんですよぉ」
次々と目の前に飲み物や食べ物が差し出される。そんなにいっぺんに食べられないって。
「あ、ありがとうございます。でも……その呼び方は……真白でいいです」
「真白様!!」
「あっ……そうじゃなくて……」
駄目だこりゃ。これからお城で働くならきっと顔を合わせるだろうからそんな呼び方されたら気まずいのだけど。
「ははは、真白が困ってるではないか」
その時耳に飛び込んできたのは涼やかな声。……フレデリック殿下だ。
「ああ……綺麗だね。ここには王宮の腕利き料理人の料理を運ばせてある。存分に楽しんでくれ」
綺麗……綺麗……綺麗……? 私の頭の中でその言葉がリフレインする。
「どうだ? あの部屋は。離れだから静かだし日当たりも良いはずなんだが」
「え、ええ……! とても素敵なお部屋をありがとうございます」
「人気も少ないからな、俺の隠れ場所のひとつだったんだ。あはは」
陣営を離れたフレデリック殿下は話し方も気さくになっていた。私と話している間も兵士達に囲まれて周りが慕っているのがよく分かる。
「お前達、少し二人にさせてくれないか」
殿下はそう言うと、人を遠ざけた。そして少し声を落として私に囁いた。
「本来ならば大広間の貴族達の宴で今回の功労を称えねば、と思ったのだが……その……記憶がないというから、迷っているのだ。どうする真白」
「いえ……そんなのは結構です……私自身も自分の力を把握していませんし」
「そうか……早く治るといいな」
「は、はい……」
うう……心から心配している様子のフレデリック殿下の優しい視線が……。私はちょっと話を逸らす事にした。
「殿下、殿下は王族なのにあんな危険な任務についていいんですか?」
「ああ……止める者も居るがな。しかし私は第二王子だ。今後、国政を担うのは兄上。俺は体を張って国民を守りたいんだ」
「まぁ……」
とても立派な心がけの人なのね。なんか自分のことばかり考えてる自分が恥ずかしくなってきちゃった。
「俺が先陣を切る事で、兵士も国民も安心する。それが俺の役目だと思ってる」
「見習いたいです」
私はそう素直に思って口にした。よどみない口調はやはり王族としての責任感からかしら。職場のエライ人だってこんな言い方はしなかった。
「そうだな。真白は真白の役目を……。ああそうだ。君の仕事を見つけておいたんだった」
「あ、そうなんですか?」
「ああ。騎士団所属の救護棟に勤めてくれ。訓練でも怪我人が出るから」
「わかりました。何もかもありがとうございます」
「でも、まずは今夜は祝杯だ。さ、真白」
私はフレデリック殿下にグラスを渡された。そして殿下は周りを見渡すと良く通る声で乾杯の音頭をとった。
「では皆! 乾杯!」
「乾杯!」
祝杯の声が広間に轟く。皆の声を聞き届けたフレデリック殿下はくるりとこちらを向いた。
「……乾杯。真白」
「か、乾杯」
お茶目に片目をつむって見せた殿下に、私はなんだかドギマギしながらグラスを空けた。
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