40話 西の湿地帯
「西の湿地帯? ああ、この方向であってるよ。でも、今から向かうのかい?」
「ありがとうございます」
道を行く人に確かめながら私達は魔物討伐の現場を目指した。
『真白、マーガレット。魔力が濃くなってきた』
ふいに手元のリベリオが声をあげた。あと少しでたどり着く。やがて木々がまばらになり、低木が増え、草が生えるだけになった。
「あ、人がいます!」
マーガレットが叫んだ。群青の団服。騎士団のものだ。
「み、みんな……?」
数人の兵士が蹲っている。中には倒れている人もいる。私は馬から降りると彼らに近づいた。マーガレットはさっとフードをかぶる。ああ、マーガレットは現場で騎士団に変装する為にそんな格好してたのね。
「大丈夫ですかっ!?」
「……真白……さん……?」
「どうしてここに……?」
その様子は診療棟に運び込まれた黒の騎士団の兵士とよく似ていた。
「説明はあとでします。じっとして……」
私は彼らに触れてまわった。すると苦しげな様子があっという間におさまる。
「さっきまで動けなかったのに……真白さん、あんたは一体……」
「いいから休んでいてください。行きましょう、マーガレット」
再び馬に乗って進む。私には所々池が見えるただのだだっ広い草むらにしか見えない。数人倒れていた先に騎士団の姿もない。
「マーガレット、魔力が濃くなっているの分かる?」
「うーん……わかりません」
でもあんな風にすぐに体調を崩すくらいの濃い魔力だまりがどこかにあるはずなのだ。
「リベリオ、どこに向かったらいいのかしら」
『ちょっと待て……』
辞典が輝き、リベリオが姿を現した。
「ちょっと、狭い狭い!」
「真白お姉様、私が馬を下りますわ」
マーガレットが馬を下りた。彼女はズボンにブーツを履いているとはいえ、下は足場の悪い泥の中だ。
「マーガレット……」
「いいんです。わたくしのほうが動きやすい格好をしてますし」
『二人とも、あっちに妙な気配がある』
リベリオがすっと指差した。私達はとりあえずそっちの方向に向かう事にした。
「ここ?」
『ああ……』
そこは窪地に出来た大きな水たまりにしか見えない。これが今回の大型魔物を生み出した魔力だまりだと言われても実感がないような。
「なんともないけど……」
『そっちの方がどうかしてるんだ。ほら、マーガレットを見ろ』
リベリオに言われて振り向くと、マーガレットが膝に手をついて俯いていた。
「マーガレット!」
「大丈夫です。ちょっと眩暈がするくらいです。真白お姉様の話を盗み聞きして人より魔力が低ければもうちょっと持つと思ったんですけど……ふがいないですわ」
「いいからこっちに座って」
私は近くの倒木の上に彼女を座らせた。そして彼女の手を握る。
『マーガレットが他の人間より許容量が大きいのは確かだぞ。まあ樹から何代も経ってるんだしかたない』
「もうちょっと労ってあげてよ、リベリオ」
『ここまで連れてきてくれた事には礼を言おう』
確かにそうなんだけど今言う事じゃないよね。そう言いたいのを堪えて彼女の手を握っていると、顔色がじょじょに赤みを取り戻してきた。
「ありがとう、真白お姉様……。あとは早く殿下の元に行ってあげてください」
「……うん」
「私にとって殿下は……」
マーガレットは俯いた。私はその続きを聞くのがちょっと怖くて体を強ばらせた。
「弟みたいなものです」
「……え」
「赤ん坊の頃から一緒の大事な幼馴染みです。だから変な女に殿下が捕まるくらいならうんと邪魔してやろうと思いましたけど……真白お姉様になら殿下を任せられますわ」
マーガレットが私の手を握り返した。
「真白お姉様は殿下が殿下でなくて、ただのフレデリックでもこうしてきっと駆けつけてくれるでしょう?」
「……あたりまえよ。だって殿下は……なんにも持ってない私を助けてくれたもの。お返しするのは当然だわ」
「それだけ……? 本当に?」
マーガレットの紫色の意志の強い瞳が私を捉えている。
「殿下は……とても優しい人。その為に自分を殺して強く強くあろうという人」
「分かってるじゃありませんか」
マーガレットは少し得意気に笑った。
「だから、きっと今も一番危険な所にいるはず。だから私は側にいたい」
「うん」
マーガレットは頷いた。そして立ち上がると馬を引いて元来た道へ戻っていく。
「マーガレット!」
「これ以上は足手まといのようですから! さっきの兵士さんを回収して待機してます」
「わかった! 帰ったらシミそばかす防止のクリームをプレゼントするわ!」
「楽しみにしてます、では!」
馬に跨がったマーガレットがどんどん遠くなっていく。私はしばらくその後ろ姿を見つめていた。
『それじゃ、はじめようか真白』
そんな私の袖をリベリオが引っ張る。
「うん……でも先に殿下のところに行こう。それからでも……」
先に最前線にいるみんなを助ける方が先だと私は思った。
『とりあえずやってみてから、そちらに迎えばいい』
「本当に大丈夫かしら。双方向に辞典の入り口が開いたらどうなるか、分かる?」
『それは……』
「いきなり元の世界に戻されてしまうかもしれない……そうでしょ?」
しかしリベリオはいらだった声を出した。
『でもこの魔力だまりだっていつ消えるかわからないんだ!』
「あっ、ちょっと!」
リベリオは勝手に魔力だまりに向かっていった。私はあわててリベリオの手を掴む。
「あっ!?」
手を掴んだ途端、足元の泥が滑った。よろけたリベリオが私の服を掴む。
『ああっ』
お互いにバランスを崩した私とリベリオは魔力だまりに向かって転げ落ちていった。
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