14話 セントジョーンズワート
「どこか空き部屋を使わせて貰えるかしら。……私の薬の作り方は極秘なの」
「あ……じゃあこちらへ……」
私はニコラスに使っていない客室に案内されて一人になると、辞典を広げた。
「リベリオ!」
『……男のプライドとは厄介なものだな』
「生きがいを奪われたのはつらい事だと思うわ」
『まあいい。それでどうする真白』
「とりあえず不眠の解消に『ラベンダーとカモミール』これをミルクと煮出して寝る前に飲んで貰うわ」
『分かった』
光とともにドライハーブが現れる。無理矢理眠り薬で寝かすよりもこれで睡眠の質とリズムを整えてあげた方がきっといい。
「それから『セントジョーンズワート』のポーション」
『長期に渡る摂取はしないようにな』
「ええ……小瓶でちょうだい」
セントジョーンズワートは不眠にもいいし抗鬱の効果があるが、他の薬との飲み合わせに注意が必要なものだ。日本では食品扱いだけど、医薬品として扱う国もある。
私はそれらを抱えて部屋を出た。
「ニコラス、このドライハーブをミルクで煮出して毎晩お父様に出すようにして頂戴」
「わかりました!」
そしてウィルソンさんの部屋をノックして中に入る。
「こちらが気分が楽になるポーションです、あと痛みをとるローズマリーのポーション」
ウィルソンさんはセントジョーンズワートのポーションを一口飲んだ。
「……なんだかだるさが抜けたような……」
「効き目が強いので少量ずつ。他の薬と一緒に飲まないようにして下さい」
そして痛み止めのポーションは直接患部に塗布する。これははっきりと効いたようだ。
「信じられん……」
「キチンと飲んだらきっと良くなりますから。ニコラスの為にも……」
「ああ……」
「ニコラスは大事な人の為に動けるいい息子さんですね。本当の勇気のある子です」
「うむ……そうだな……」
ウィルソンさんの目にはうっすらと涙がにじんでいた。
「私は普段は騎士団の救護棟で働いてますから、元気になったらお会いしましょう」
「えっ……王宮の回復術師では……」
「王城の『方』です! では!」
ぽかんとしているウィルソンさんを置いて、私とニコラスは馬車に乗った。
「ではお部屋まで送ります」
「ありがとう、ニコラス。……あっ!」
「どうしました」
「ちょっと買いたいものがあったの。先に戻ってて!」
「あ……はい……では私は歩いて帰るので馬車を使って下さい」
まだあどけなさが残っているのになんて紳士なの……末恐ろしいね、ニコラス君は。私はお礼を言ってニコラスに先に帰って貰い、市場に向かった。
「どこに売ってるのかしら……八百屋?」
私はキョロキョロと辺りを見回した。すると『新鮮野菜と食品の店』と書いた看板を見つけた。
「野菜と食品……ここならありそう……ん!?」
私は強烈な違和感を感じた。なんで分かったのかしら? だってこれひらがなでも漢字でもない。私は隣の店の看板を見た。『居酒屋 鹿の尾亭』って書いてある。
「読める……読めるわ……! ……なんで!?」
『騒ぐな。人目を引くぞ』
私が驚いていると頭の中にリベリオの声が響いた。
「リベリオ。なんか書いてある内容が頭に流れ込んでくるの……」
『転移者の能力だろう。言葉だって不自由してないだろう』
「そういえばそうね……」
そうよ、なんで言葉が通じる事に疑問を覚えなかったのかしら? なんか変な感じはするけど、良かった。文字が読めた方が便利だもんね。
「すみません、お米を下さい」
私は店に入って大量の米を買い込み、馬車に積み込んで王城へと戻った。そして家の前で馬車を降りると何やら見覚えのある赤毛の男性が立っていた。
「あっ、ブライアンさん!」
そういえばもう五日経ったから彼は自由の身だ。でもなんの用だろう。
「遅かったな……ニコラスが世話になった。ウィルソン卿の具合はどうだ」
「快方に向かうと思います」
「そうか……良かった」
ブライアンさんはそれを聞くと、ほっとした顔をして笑顔を浮かべた。
「ウィルソン殿は……今は私が上役にはなるが、見習いの頃から随分世話になっていたのだ。このまま引退させるには惜しい人材だ」
「そうなんですか、良かったです」
また騎士団のお役に立てたって事ね。よしよし。私が心の中でニヤニヤしていると、ブライアンさんはちょっと気まずそうに頭を掻いた。
「あー……そのー……。ありがとな」
「えっ、はい」
「実は素性の分からん女を騎士団の周りに置いておくのは、俺は反対していたんだ」
「そうなんですか」
「王子目当てにうろちょろする女が多いからな……」
ブライアンさんは爪を噛みながら憎々しげに言い放った。……な、何があったんだろう。
「ま、お前は良くやってくれてる。あの体にはたく粉もみんな喜んでいたしな。……話はそれだけだ」
そう言って彼は家の中にも入らずにそのまま立ち去って行った。
「そっか……みんな喜んでる、か……」
私は嬉しさを噛みしめながらようやく帰宅した。
「さてさて、これをどうしてくれよう……」
私は大きな麻袋に入った米をそっと掬った。売っていたのは精製された白米だった。
「真白様……なぜ米をそんなに買ってきたのですか……」
横に居るクラリスは呆れた顔をしている。こっちでは野菜の一種みたいに捉えられてるみたいだからまあこの量は戸惑うかもしれないわね。
「なぜってそりゃ食べる為よ。じゃ、ちょっとキッチン借りるわね」
「えっ、料理するんですか?」
「ん? クッキー作った時は何も言わなかったじゃない」
「アレはお菓子ですから……それも淑女の嗜みかと」
「私は淑女じゃありませんので」
私はごにょごにょ言っているクラリスを置いてキッチンに向かった。
「鍋借ります!」
そして米を洗って吸水する。ああ、計量カップが欲しいなぁ。そんな私をコックさんや台所のメイドはびっくりした顔で見ていた。
「絶対鍋には触らないで下さいね!」
「は……はい」
そしてほんわか炊きたてご飯が炊きあがった。良かった、目分量で不安だったけど上手く炊けた。
「あつっ、あつっ……」
しゃもじ代わりの木べらでかき混ぜ、手に塩をして握る。具は無い。だから作ったのはシンプルな塩むすび。
「それから……」
それに陶器のコップに入れた緑茶を添える。
「いただきますっ」
がぶり、と口にするとほんのり優しいお米の甘みが口に広がる。そこに濃いめに淹れた緑茶をすする。
「うう~ん、幸せ……」
こうして私の休日は終わったのだった。
セントジョーンズワートについては作中に書いた通り、長期の服用と薬との併用には気をつけてください。日本ではサプリとしてよく売っております。(作中みたいに劇的効果は無いですよ笑)
★ハーブミルクのレシピ★
ドライハーブ小さじ1(カモミール・ラベンダーなど)
牛乳200ml
ミルクにハーブを入れ、ふつふつしたところで火を止めて3分ほど蒸らして完成!
ホットでもアイスでも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます