7話 ローズとベルガモット
「はぁ……」
「お疲れ様でした」
それから夕方まで私がザールさんに質問責めになって、訓練の終わった新兵達が押し寄せてきて、くたくたになった私が部屋に戻るとクラリスが出迎えてくれた。
「おなかぺこぺこ……」
「あら、どこかでお昼戴いているとばかり」
「それどころじゃなかったのよ」
「ではお食事の用意を急がせます。まずはお召し替えを」
「え?」
夕食とるのにワザワザ着替えるの? あとはお風呂入って寝るだけじゃない。
「……真白様。私はいいですが給仕の人間もおりますし、それでなくても全身埃まみれですよ」
「本当だわ」
気が付けばワンピースには泥などがついている。多分、ボロボロの新兵が来た時のものだろう。
「白衣とかエプロンがいるわ……」
「明日までにご用意いたします。ですからお召し替えを」
「はーい」
クラリスは私の好みを把握したのか、落ち着いた色のシンプルなドレスを出して来たので大人しく着替える事にした。そして食堂で夕食を摂って自室に戻る。
「あとはお風呂だけだからクラリスももう寝たら?」
「いえ、お風呂も……」
「いやいや落ち着かないから!」
もうここのお風呂と洗面台の使い方は覚えたもんね。私はクラリスを部屋から追い出した。彼女は働き者すぎる。
「こっちの赤い石でお湯、こっちの青い石で水」
お風呂にもクラリスの言っていた魔石タブレットが付いていて、そこから水が出てくる。水道が通っているわけじゃなくて給水槽に井戸水を貯めているそうだ。
お風呂を済ませて寝間着に着替えた私は辞典をつっついた。
「リベリオ、もう出てきても大丈夫よ」
『……それはどうも』
私が呼びかけると、不機嫌そうな顔をしたリベリオが現れた。
「ごめんね、なんか大騒ぎで」
『まったくだ。なんだ、あの回復術師は……人をこねくり回して!』
散々実験台にされたリベリオはお冠だった。ザールさんの実験で分かったのは、この世界のハーブをポーションには出来ない。私の世界のハーブをこっちの人であるザールさんはポーションに出来ない。私がこっちのやり方でポーションを作ろうとしても無理。ただ、私が出したハーブをポーションには出来ないが普通にザールさんがハーブティには出来た。
つまりは私はこの本を介してしかポーションを作れない。その効力はやっぱりすごいみたい。ボロボロの新兵達がたちまち元気になって帰っていった。
「明日はいくつかの効能のポーションとかを作って効果を測定するんだって」
『ふん、好きにしろ』
「もうちょっと付き合ってね、はは……」
『ふん』
「そうだ、お土産。がんばったからほら、チョコレート」
私は食後に出てきたチョコレートをそっとしまって持って帰ってきた。腕を組んだままのリベリオがちらりとこっちを見る。
『子供扱いをするな、小娘』
「……あ、もしかしてリベリオはチョコレート食べられない?」
『いや……食べなくても死にはしないが。せっかくだから貰っておこう』
リベリオは私の手からチョコレートを奪い取るともっしゃもっしゃ食べはじめた。
『うん。美味い。これはチョコレートというのか』
「はじめて食べたの?」
『ああ、長いことしまい込まれていたからな。その時はこういった菓子は無かった』
手に付いたチョコレートを舐めとりながら、リベリオは満足そうに頷いた。良かった、気に入ってくれたみたいだ。
『そうだ。お前達はポーションばかり作っていたが
「そうなの? 結構手間がかかるのに」
ハーブは様々に加工して生活に役立てる事が出来るけれども、チンキなんかは作るのに二週間くらいかかる。
『ああ。変化する時に欲する形状を思い浮かべれば』
「へえ……すごい本なのね……」
『……帰還の方法を調べるのにまだ時間がかかる。それまでは自由に使うといいさ』
リベリオは頭を掻きながらそう言った。帰還の方法の探索は難航しているらしい。
「じゃあ……『ベルガモットとローズのサシェ』」
するとふくよかな花の香りを湛えた匂い袋が現れた。私はそれを手に取ると、鼻を埋めて匂いを嗅いだ。
「うーん、いい匂い。ゆっくり眠れそう。リベリオ、焦らなくていいから確実な方法探してね」
『ああ。……お休み真白』
「おやすみ」
私はサシェを枕元に置いて、香気の中に包まれながら眠りに落ちた。
翌朝。起きたらクラリスの淹れてくれたお茶を飲む。うん、美味しい。
「これってなんのお茶?」
「何って、チャを発酵させて乾燥させたものですよ」
「ふーん」
つまり紅茶ってことか。少し色合いが淡いから中国茶が近いかもしれない。チャ……つまり茶の木はこっちにあるって事ね。
「お茶がお好きなんですね」
「ええ。私もお茶を淹れるのが好きなの」
母も生前なにかとよくお茶を淹れる人だった。お茶を淹れて貰うのはその時以来かもしれない。やっぱり人に淹れて貰ったお茶は美味しい。
それから運んで貰った朝食を部屋で摂って着替える。
「さ、今日も出勤、出勤っと」
「真白様、これを……」
出かけようとした私にクラリスがバスケットを差し出した。
「昼食です。多目に作っておりますので職場の方にも」
「わあ、ありがとう!」
「忘れないでちゃんと食べて下さいね!!」
「はーい」
私はバスケットを抱えて救護棟へと向かった。
「おはようございます!」
「おはようございます、真白さん」
出迎えてくれたザールさんは大きな箱を抱えていた。
「それはなんです?」
「回復魔法の効果測定器です。研究棟から借りてきました」
「研究棟?」
「いわばこの国の医療の最先端を担う部署です。薬草の栽培や触媒の組み合わせの開発、そして回復魔法の研究をしています」
「へえ……」
よいしょ、と重たそうにザールさんは箱を机の上に置いた。
「あそこはエリート回復術師ばかりなので、行ったら変な顔されましたけどね……」
「あら」
「でもいいんですっ、私は是非真白の回復魔法がどうなっているのか突き止めたい!」
「ははは……」
ザールさんは今日もやる気まんまんだ。昨日抽出したこっちのポーションと私のポーションを用意する。私からしたらアンティークな雰囲気のこの国の建物だけど、びっくりする事に冷蔵庫があるのだ。両開きの洋箪笥のような木の箱に氷の魔石が嵌まっていてその冷気で低温を保つらしい。
「ほう……」
天秤みたいなものに針のついた測定器にザールさんはシャーレに移したポーションを乗せてその値をメモしている。
「なんて事だ……上級ポーション以上の効果が……」
「ええ……?」
「ただの侵出液でも低級ポーション並、加工したものは特級と言っていいと思います」
「それって……」
「殿下は良き判断を下しました。いきなりこんなものが出てきたら研究棟のやつらはいい顔をしないでしょう」
私はまた殿下に助けられてしまったみたいだ。私は帰る日までできれば穏便に暮らしたい。
「あとは真白の魔力の事を調べたいですね」
「あるんでしょうか、魔力……」
「誰でも微力ながら魔力はあるとされてますよ?」
「でも私、こっちの人間ではありませんし……」
魔力……、台風の日に傘で飛べないかとか思っていた私に魔力なんてあるのかしら、私がそう考えていると扉がノックされた。まずい、今の会話大丈夫だったかしら。
「どうしました」
ザールさんが扉を開くと、カタカタと身を震わせた昨日の新兵が立っていた。
「た、助けて下さい!!」
そのただならぬ様子に、私とザールさんは顔を見合わせた。
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