34話 醤油と味噌
※31話が抜けておりました。修正済みです。申し訳ございません。
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「……はー!」
翌朝、私は清々しく目を覚ました。まだ外は明け切らず、随分と早起きをしてしまったようだ。
「そもそも帰る方法が分かったところでいつどこで発生するかわからない魔力だまりを探さなきゃいけないのよね……殿下とザールさんに伝えるべきかしら」
今まで協力してくれた彼らには伝えるべきって道理は分かるけれど……。
「推測の域を出ない訳だし……少し考えよう……」
私は枕元の日記を見て一人、呟いた。
「真白様! 朝ですよ」
「はっ」
私はそのまま二度寝してしまったらしい。クラリスの声で再び目を覚ました私はのろのろとベッドから抜け出した。そしてサイドテーブルの上のマーガレットの例のブツが目に入った私はクラリスに声をかけた。
「夕食は私、自分の分作るのでいらないわ」
「え……、また……」
「そう。作りたいものが出来たの」
お醤油と味噌があれば日本食のバリエーションがぐっと増える。それに梅干しもあるしね。ちょっぴり殿下とザールさんにどう説明しようか気が重いから楽しみは後にとって置こう。
私はとりあえず、いつものように辞典と樹さんの日記を持って救護棟に出勤する事にした。
「おはようございます」
「おはよう真白」
「あ……フレデリック殿下!?」
救護棟にはザールさんの他にフレデリック殿下もいた。
「昨日の訪問は真白にとってどうだったのか気になってな」
「あ……そうですね……」
私は手元の日記を胸元に引き寄せた。
「その日記は読んだのか? 何か分かったのか」
「そうですね。彼は回復魔法以外に、なんでも召還できる能力があったそうです。それで富と地位を築いたのですけど、そのせいで周囲が争いをはじめたそうです……」
私は日記の内容をかいつまんで殿下とザールさんに伝えた。本の出来た経緯ともしかしたら元の世界に戻れるかもしれない可能性については……やっぱり言えなかった。
「聞けて良かったです。彼が幸せにここで暮らしたことが分かりましたし……」
「そうか」
「ええ。それが一番安心した事です」
それは心からそう思った。彼がどんな葛藤をしたのかまでは書いていなかったけれど……自分で選んでそしてその生を全うしたのならそれでいい、と私は思えた。
「分かった……では私は訓練に向かうよ」
「はい、頑張ってください!」
フレデリック殿下は部屋の扉を開けて、教練場へと向かおうとして立ち止まった。そしてくるりとこちらを向いた。
「真白。たとえ帰れなくても心配はいらないよ。俺がいるから」
「は、はい……」
急にそんな事を言われて私の心臓が飛び上がりそうになった。殿下……どうかご自分の顔の良さを把握してください。見守る会だかなんだかのメンバー達の気苦労がうかがえる。
「ふう……」
周りにキラキラのエフェクトがかかっていそうなフレデリック殿下が立ち去った後、ふいにザールさんはため息をついた。
「どうしたんですか、ザールさん」
「いやぁ……その日記を読めば魔法の辞典の作り方が分かるかと思ったんですけどねぇ」
そのザールさんの言葉に私の心臓は別の意味でどきりと動いた。ザールさん鋭い……!
「実は私も使ってみたかったんです……魔法の辞典……」
「そ、そうなんですか」
私が伏せた魔法の薬草辞典の作り方を真似てザールさんが使えるかどうかは分からないけれど。
「そうでなくても仕組みが知りたかったですね。残念だ」
「え、ええ……さぁ、そろそろ仕事しましょう」
私はあいまいに頷いて、ポーションの在庫作りをはじめた。はぁ……やっぱり言った方がいいのかな……どうしよう。
私は悶々としながら、中休みにいつもの忙しさがくるまでただ手を動かしていた。
「ふう、今日はあがりですかね」
「そうですね。今日も一日お疲れ様です真白さん」
結局結論は出ないまま、一日が過ぎた。魔力だまりがどこにあるか分からなければどうこう出来る様な話ではないし……ああ、私言い訳ばっかりだ。
「はい、真白さん」
「……? なんですか、ザールさんこれ」
「飴です」
「はあ……」
「真白さん、なんだか今日一日元気がなかったものですから」
にっこりと笑いながらザールさんは飴の包みを渡して来た。
「ごめんなさい、あの」
「……真白さんと一番長い時間いるのは私ですから。分かりますよ」
そう言ってザールさんは真面目な顔をして私を見つめた。
「ほかに何かあるのでしょう?」
「えーっと……」
「ふふ、無理に言わないでいいですよ。決心のついた時で……。どうかそれで思い詰めないでいてくれれば」
ザールさんのその気遣いに、私は泣きたい気持ちになった。ごめんなさい、心配をかけて。
「大丈夫です。明日はたぶんいつも通りの私です」
できる限りの笑顔を作って、私は救護棟を後にした。ああ……罪悪感。
「気分を変えよう。そう、アレもあるし!」
私はポンとザールさんから貰った飴玉を口にいれて転がしながら部屋へと帰った。
「頼んどいたもの、仕入れてくれましたかね?」
「はい、これですよね」
「そう。これはあさりかしら?」
「はい、砂抜きも済んでいます」
コックさんに私が頼んでいたのはあさりだった。二枚貝ならなんでも良かったのだけど。ちゃんと市場にあったみたいだ。
「分かりました。あとは自分でやりますので」
「いいのですか?」
「集中したいので! じゃあまずご飯を炊いて……」
その間に作るのは、味噌汁。あさりなら出汁がいらないからね。ぐつぐつ煮て口を開いた所に少々ざっくりと輪切りにしたネギをいれて味噌をとかす。
あさりを煮ている間にお湯で三つ葉をさっと湯がいておひたしに。それからそのお湯に卵を丸ごといれる。
「ちょっと生は怖いもんね……」
と言うわけで作ったのは温泉卵。それを小鉢に割り入れる。……本当はたまごかけご飯がしたかった!
「完成! っと」
という訳で今晩の私の夕食の献立は、あさりの味噌汁に三つ葉のおひたし、それから半熟卵ごはん。あと自家製梅干し。
「ふー、ふー」
まずは湯気のたつあさりの味噌汁をすする。じーん、と沁みる貝の出汁。それからしゃっきりとした食感の残ったネギに……久し振りの味噌の味!
「はあああ……おいしい……」
そして間髪入れずにほかほかご飯の上に温泉卵を載せる。箸を割り入れるととろっと半熟の黄身がご飯を染める。そこにちょろりと醤油をかける。
「ああ……この卵のコクと醤油の旨味……これよ……これ」
一人きりにしてもらった食堂で私はざぶざぶ温泉卵ごはんを味わった。
「ふう……ここで口直しに三つ葉のおひたし、と」
三つ葉の良い香りにシンプルに醤油の味わいで口をさっぱりさせたところで、私はすでに茶碗のご飯がない事に気付いた。
「まだ梅干しもあるし……いいか……」
私はおかずが控えめなこともあってごはんのお代わりをよそった。本当は明日のお弁当分だったんだけど。
「うん、すっぱ……おいし……」
フレデリック殿下とザールさんが思わず吐き出してしまった酸っぱさもしょっぱさも私にとっては故郷の味。これはごはん何杯でもいけるわ。
「うーん……それにしても中途半端な量が残ったわね……」
土鍋の中には丁度茶碗一杯分のごはんが残っている。私の中で天使と悪魔が戦いはじめた。
「ええい! もったいないもん」
結局悪魔が勝った。最後のご飯を茶碗に盛って、私はきょろきょろとあたりを見渡した。
「誰もいないわね……よし」
これを見られたからといってここの使用人がそれを咎めるとは思えないのだけど……なんかね。お行儀が悪いってずっと親からは言われていたから。
「禁断の味……ふふふ」
白いご飯の上には、白いバター……たらりと醤油をかけたらバター醤油ごはんの出来上がり。
「ああー、やっぱたまんない……」
こうして三杯のご飯をお腹におさめて満足した私の頭からは、昼間のモヤモヤした気持ちはすっとんでいったのだった。……その時は。
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