最終話 採否結果
いま、ラステルの頭のなかは、きっと真っ白になっているコトだろう。
どこか焦点の定まらない目で、テーブルに置かれたカップを見ている。
エイトスはゆっくりと目を開き、ラステルが提出した報告書を手に取って読み始めた。
そして、アルメアボア討伐の報告書を見ると、すこし驚いたような顔を見せた。
(ふふ。やっぱり、驚くよね)
「……クロスボウの矢を撃ち込んで!? どういうことですか?」
通常、クロスボウの矢を数発撃ち込んだところで、アルメアボアはびくともしない。
さすがのエイトスでも、どういうワケかさっぱりだろう。
「そ、それは……」
ラステルは、この3か月ほどの間、マイステルシュタットの道場で剣術とクロスボウの鍛錬をしたコト、ミスリルの矢に「エンチャント」を施したコト……などをおずおずと説明し始めた。
「えっ、エンチャント!? 貴女、そんなスキルを持っているの?」
アリスは身を乗り出して、驚愕している。
エイトスに至っては、驚きのあまり口が半開きだ。
それだけ「エンチャント」のスキルを持つ者は珍しい。
「いえ……、その……、スキルではありません」
今度は、エイトスとアリスの頭の上にたくさんの「?」が見える。
「は?」「どいうこと?」というカンジだ。
(うん。わかるよ。ボクも、びっくりしたからね。アレを見ないで、言葉で説明されても意味不明だよね)
ラステルは、荷物からくるくるに巻いた例の大きな羊皮紙を取り出した。
「えっと……」
エイトスは目を閉じて手を上げた。首をゆっくりと左右に振り、ラステルの言葉を制した。
「おそらく、その説明は誰にもしない方がいいでしょう。マイステルシュタットで、誰かに見せたりしていませんか?」
「わたしひとりの時に施しましたから、誰にも見せてはいません。見たのは……、シャノワさんくらいでしょうか?」
3人の視線が、一斉にボクに集中した。
べつになにも悪いコトはしていないケド、ちょっとびくっとした。
エイトスの顔から眉間のしわが消え、表情が緩んでいる。
むしろ、感心しているように見えた。
「なるほど。あなたなりの努力と工夫を重ねて、今回の討伐課題を達成したのですね。よく頑張りましたね」
「見習い冒険者で、ここまで準備できるコはいないわ。すごいよ!」
エイトスとアリスがそろって、ラステルの課題達成に賛辞を贈る。
「ありがとうございます! ありがとう……ございます」
ラステルの目から、一粒二粒と涙が零れ落ちた。
とても辛い過去があっただろう。
悲しい思いもしただろう。
悔し涙も流した。
嬉し涙も流した。
傍で支えてくれた友がいた。
たくさん、たくさん努力した。
キミは、がんばった。
ボクは、知っている。
いつもいちばん近くで、キミを見ていたのはボクだから。
「それではマスター・シャノワ、結論を」
ラステルが涙を拭いて落ち着いたのを見たエイトスは、隣に座るボクに視線を落としてそう言った。
「えっ?」
ラステルは、涙を拭いたばかりの顔を上げて、ボクとエイトスを交互に見た。
目の前の男がネコに向かって、マスターと呼んだのだからムリもない。
「……あらためて、キミに敬意を表したい。エイトス。キミは、ホントに良い目を持っている」
きょとんとするラステルに視線を向けながら、ボクは彼女の前で初めてニンゲンの言葉を話した。
「恐れ入ります。マスター」
エイトスは、
ラステルは、目の前でなにが起きているのか全く理解していない様子だ。
(まぁ、解るケドね。こんな立派な漢が、ネコに頭下げているとか……。ワケ分かんないよね。ボクも、ちょっとそう思うよ。)
「そして、ラステル」
「っ! ひ、ひゃい」
……返事、噛んだ。
「結論を言う前に、キミには確認しなければならないコトがある」
「はえっ!? な、なんでしょうか?」
このギルドの責任者として、直接、彼女の口から聞かなければならないコトだ。
「蒼の森でスピカと話したとき、キミは『異国から亡命してきた元貴族』と言いながら出身国をあえて言わなかったね」
「………はい」
ラステルの目が泳いでいる。
友人であるハズのスピカにさえ、隠した事実。
それでも、ボクは聞き出さなければならない。
「ラステル。キミの出身国は、どこ?」
そう尋ねられて、ラステルの表情が凍りつく。
「ヴィラ……ドストです」
彼女は俯きながら答えた。
(ごめんね。これが、最後の確認だ)
「貴族だったのなら、家名があるハズだ。なんていうの?」
「っ! そ、それは……」
ラステルの身体が、一瞬、びくりとした。
膝の上で固く組まれた両手が、すこし震えている。
「答えたくない?」
「………クィンです」
聞き取るのがやっとなくらいの小さな声で、彼女はそう答えた。
決定打となる答えを聞くコトができて、ボクはすこし安心した。
ここで隠し事をされたり噓をつかれるなどした場合、べつの対応が必要だったから。
「ラステル・クィン。それがキミの名だね」
「………」
ラステルは、無言で頷いた。
(ありがとう。ラステル。これで、ボクたちが取るべき対応も決まったよ。だから、ボクもキミに明かそう)
「ごめんね。キミは隠していたつもりかもしれないケド、初めて会ったときからボクはキミが『ラムダンジュ』の未発現者であると知っていた」
「えっ!?」
「ボクは『鑑定スキル』を持っている。レベルは96だ。未発現の能力でも診るコトができる」
「う……そ……。そ、そんな……」
最初から、ボクに「ラムダンジュ」のコトを知られていた。
それを聞いたラステルは、愕然とするのと同時に落胆しているようだった。
できれば「ラムダンジュ」は、隠しておきたかったのだろう。
そして観念したかのように、ボクに懇願した。
「マスター・シャノワ。わたしの身柄は、ヴィラ・ドストや教会に引き渡して下さっても構いません。ですが……、お願です。どうか、どうかターニャだけは……」
ラピスラズリのような瞳を揺らしながら、そうボクに訴えた。
自分が「ラムダンジュ」をその身に宿す「ラステル・クィン」だと判明してしまった。
当然、この場で捕縛されてヴィラ・ドストへ送られ処刑されるか、教会の異端審問にかけられる。
そう考えているようだ。
だけどね、ラステル。
ボクたちを舐めるな!
「ラステル。キミは、考えちがいをしている。ボクたちは、キミの身柄を拘束してヴィラ・ドストへ送り返すつもりも、教会に引き渡すつもりもない」
「っ!?」
「キミが不適合者で『ラムダンジュ』が暴走したそのときは、ここにいるエイトス、アリス、そしてボクの手でキミを討つ。それが、キミの秘密を知るボクたちの責任だ。いいね?」
エイトスもアリスも、なにかを決断した目になっている。
けれどもその表情は、どこか哀し気に見えた。
ラステルは驚いたように目を大きく見開くと、すぐに笑顔をみせた。
ただ、その笑顔は、いまにも泣き出しそうなほどに歪んでいる。
「ありがとうございます。アリス様や、エイトス様、マスター・シャノワに討たれるなら……、わたしは幸せです。どうか……、どうかそのときは、お願い……します」
その言葉を聞くと、ボクは俯いて目を閉じた。
「でも、そうならないコトを願っている。ボクは、キミを失いたくない」
「マスター・シャノワ……」
ラステルの声が、震えている。
ボクは目を開いて、彼女の方に視線を向けた。
ぴんと張りつめた冷たくて重いなにかが、ボクの胸のなかを渦巻いている。
キミが、ココロから望んでいたこの言葉を、
こんなに悲壮な雰囲気のなか、言わなければならないなんて。
本当は、笑顔でキミに伝えたかった。
本当は、笑顔のキミを見たかった。
「キミを採用する。ラステル・クィン。ギルド9625へようこそ! ボクたちは、キミを歓迎する」
🐈🐈🐈🐈🐈
―――それから半年後。
「最近、テスランからの傭兵依頼が多いな」
「つい、2、3か月前だったか、ヴィラ・ドストとの国境で小競り合いがあったらしいぜ」
暖かな日差しのなかで、ボクは冒険者たちの会話を聞いていた。
テスラン共和国が、このところ不穏な動きを見せている。
どうも、テスランの指導者が国民からの支持を集めるために、軍事行動を起こしているようだ。
しかし、さすがにヴィラ・ドスト王国は相手が悪いだろう。
(……できれば、こちらに飛び火しないで欲しいね)
冒険者たちの会話を聞きながら思考の海のなかで微睡んでいると、カツカツと軽い足音が近づいてきた。
目を薄く開いて足音のする方へ視線を向ける。
総合受付の方から、ラステルがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
彼女は陽のあたるテーブルの前で足を止める。そして、まあるくなっているボクを撫でながら、顔を近づけ小声で話しかけてきた。
「マスター・シャノワ。本日は、『黒猫会議』の日ですよ。そろそろ向かいましょう」
冒険者ギルド9625 完
「わたりネコのアノン」第2章第1話へ、つづく。
https://kakuyomu.jp/works/1177354055568386652/episodes/16816452220182987271
冒険者ギルド9625 わら けんたろう @waraken
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