第30話 帰還
蒼の森で討伐課題を達成し、ボクたちはギルド9625へ帰って来た。
「ラステルです。ただいま戻りました。マスター・エイトスへお取次ぎをお願いいたします」
総合受付では、ミラがにこにこしながら立っていた。
「あら、お疲れ様。マスターは、本日不在です。明日は……、昼前にお越しください。マスターには、私の方からお知らせいたしますね」
「承りました。では、明日、こちらに伺います。お取次ぎの方、よろしくお願いいたします」
ラステルはミラに軽くお辞儀すると、ボクの方を見てしゃがみこんだ。
「シャノワさん。ありがとうございました。今日は、ゆっくり休んでくださいね」
そう言って彼女は、ボクの頭をなでなでした。
(お疲れさま。ラステルもよく休んでね。また明日)
ラステルは微笑みながらしばらくボクをもふもふして、ギルドハウスから出て行った。
ボクは、定位置のテーブルへとてとて駆け寄ると、ひょいと跳んでテーブルの上に乗った。
(ふぅ。勝手知ったる我が家です。あぁ~、疲れたぁ)
ボクは、そのままテーブルの上でまあるくなって目を閉じた。
―――夜。
ボクはちょこんと座って、窓からまあるく真珠色に輝くお月さまをぼんやりと眺めていた。
出入り口の扉が開く音がして、後ろの方からゴツゴツとした足音が近づいて来る。
ボクが座るテーブルの前で、その足音が止まる。
大きな手が、ボクの頭をなでなでした。
「マスター・シャノワ。お疲れさまでした」
「明日、アリスは、ここにくるかな?」
ボクは、お月さまを見ながらエイトスに尋ねた。たぶん、明日はアリスにも同席してもらった方がいい。
「ちょうど報告もあり、こちらに立ち寄る予定です。彼女に何か御用ですか?」
「うん。明日、ラステルが来るよね。立ち会ってもらいたいんだ」
「承りました。そう伝えましょう」
そしてボクの推測が正しければ、いまのうちにエイトスに伝えておかなければならない。
「あぁ、それからキミに話しておきたいコトがある。もう夜遅いケド、聞いてもらえるかな?」
エイトスは、椅子に腰かけてボクを見た。
「そしてこれから話すコトは、アリスにも話しておいて」
エイトスが無言で頷いたのを見てから、ボクはラステルのコトについて話し始めた。
彼は、時折、相槌を打ちながらボクの話を聞いていた。
そしてボクの話が進むにつれ、エイトスの眉間に深いシワが刻まれていく。
話が一通り終わっても、彼は腕組みしながら険しい表情を崩さなかった。
「……だから明日、ボクは、いくつかラステルに確認するつもりだ」
「……答えによっては、今後、とるべき対応が異なりますね」
「そうだね」
ボクとエイトスは、それきりなにも言わなかった。
ボクたちは、窓から空に浮かぶお月さまを眺めていた。
🐈🐈🐈🐈🐈
翌日、ラステルは、ミラに言われた通り昼前にギルドハウスへやって来た。
こしこしと顔を洗っていたボクは、ラステルの姿を見てテーブルの上からひょいと飛び降り、とてとてと彼女の方へ歩いて行く。
「こんにちは。ラステルです。マスター・エイトスにお取次ぎをお願いいたします」
「こんにちは。マスターにお知らせいたしますので、しばらくお待ちください」
そう言うと総合受付のミラは、席を立ってパタパタとエイトスの執務室へと向かった。
しばらくすると、ミラが戻って来た。
「マスターが、お会いになるそうです。こちらへ」
ミラの案内でラステルは、エイトスの執務室へ向かう。
ボクも、その後をついて行く。
執務室の前に来ると、ミラがドアをノックした。
「マスター・エイトス。ラステルさんをお連れいたしました」
「ありがとう。入って下さい」
扉の向こうから、エイトスの声がした。
ミラがドアを開けると、執務机の向こうにエイトスが背中を向けて立っていた。
そして彼は背中を見せたまま、顔だけこちらに向けてミラに指示を出した。
「ミラ。マイクに飲み物を出すように言ってください。その後は、受付に戻るように」
「かしこまりました」
執務机の前には、黒のローテーブルを挟むように長いソファーがふたつ置かれている。
「ラステル。お疲れさまでした。さ、そちらにお座り下さい」
そう言って、手で合図してラステルに席を勧めた。
黒テーブルの向こう側に置かれたソファーには、金髪の女性が腰かけている。
銀色の双眸が、こちらに向けられていた。
彼女にこうして会うのは、久しぶりだ。
どうやら、ボクがラウンジのテーブルの上で眠っている間にやって来たらしい。
彼女こそ、アルメアの剣聖アリス。ギルド9625のエースだ。
ボクは、とてとてと歩いてソファに飛び乗り、アリスの隣に座った。
「シャノワ、久しぶりね。会いたかったよ」
アリスはボクの頭をなでなでしてから、腰のあたりをもふもふし始めた。
ほわほわと気持ちがいい。もはや手練れの技。
(おっ、おおぅ……、なんというなで心地。この小悪魔め……)
「あ、貴女は……」
ラステルが、驚いたような嬉しそうな顔をしている。
「どこかで会ったかしら?」
アリスの方は、首をこてりと傾けて記憶を探るような仕草をした。
「以前に、水晶池でゴブリン達に襲われているところを助けて下さった方……、アリス様ではございませんか?」
「……あぁ、思い出した! 貴女、あのときのコね」
ラステルを思い出したアリスは、思わずラステルの方を指さしていた。
(お行儀悪いよ。アリス)
コンコンとノックする音がして、ドアの向こうから男性の声が聞こえてきた。
「失礼します。お飲み物をお持ちしました」
そう言うと扉が開いて、給仕係のマイクが入って来た。
彼は手際よく、3人とボクの分の飲み物をテーブルに並べる。
執務机の傍に立っていたエイトスはマイクが退出するのを見届けると、ゆっくりとソファーに座りアリスとラステルを交互に見た。
「アリス、ラステルと知り合いだったのですか?」
彼は、アリスとラステルの関係に興味を持ったらしい。
アリスは微笑みながら、ラステルの方に顔を向けて言った。
「うん。2年くらい前だったかしら?」
「はい」
エイトスは、目を閉じてふたりの会話に耳を傾けているようだ。
なにか思うところがあるのだろうか?
心なしか、口角が上がっているようにも見える。
「そっか、あのときのお嬢様かぁ。……貴女、少し強くなったみたいね」
「そ、そんな。とんでもありません」
「そして、
「え?」
ここでエイトスは目を開け、片手をあげてふたりの会話を制した。
「その話は、後にしましょう。その前に、討伐課題の報告を」
「は、はい」
ラステルは、荷物のなかから報告書を出して机に広げ、つぎに魔石の入った革袋を出して机の上に置いた。
「こちらが報告書。それから、こちらが摘出した魔石になります。ご検分ください」
アリスが、報告書のひとつと大きな魔石を見て目をまあるくした。
「ちょ、ちょっと! 討伐課題にアルメアボアは、やり過ぎじゃない!?」
エイトスは、ちらりとアリスの方を見てから、すぐに視線をラステルに戻した。
「……これを、ひとりで?」
「はい」
エイトスは腕を組んで目を閉じると、ひとつため息をついた。
すこし呆れているようにも見える。
(……だろうね)
じつは、エイトスは討伐課題を伝えるさい「ひとりで」とは言わなかった。
このギルドやマイステルシュタットのギルドで協力者を集めて、課題に取り組んだとしても問題はない。
ラステルは、今回の討伐課題に3か月以上の時間を費やした。
けれども、たとえばスピカに協力してもらっていたら、とっくに課題を達成していたハズだ。
「私は、今回の課題を『ひとりで』達成しろとは言わなかったと思いますが?」
エイトスは目を閉じたまま眉間にシワを寄せて、低い声でそう言った。
ラステルは、驚いたように目を見開いている。
そして彼女の顔が、サーッと青ざめていくのが分かった。
エイトスが言いたいコトを察したようだ。
肩を落として項垂れた。
冒険者は、生還するコトが絶対。
自分の手に余る魔物に出会ったら、たとえ仲間を置いてでも戦わず逃げる。
自分の手に負えない魔物に挑むなど、絶対にしてはいけないコトだ。
「も、申し訳ありません……」
肩を震わせながら、声を絞り出すようにラステルはそう答えた。
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