紅葉〔もみじ〕と砂夜─擬人化百合物語─

楠本恵士

第1話・蔵の中で人知れず

 とある土蔵の中、さまざまな物が保管されている空間……蔵独特の漆喰と埃が混ざりあった匂い。

 そこは時の流れが止まった空間、過去から未来へと続く物たちの中に、その桐箱もあった。


 埃を被った棚の上に、布袋と油紙で大切に保管されている桐箱の中には、女性刀匠が刀身を打ち鍛え。

 女性鞘師〔さやし〕が鞘を作った。

 稀有な短刀、銘刀【大月国重紅葉】〔おおつきくにしげもみじ〕が、静かに眠っていた。


 旧暦で特殊な月齢日にあたる一年で一回の月夜──土蔵の窓から差し込む月の光りが、桐箱を照らした時。

 桐箱から沸き出てきた白い煙が、二人の女性の姿になる。

 一人は、紅葉柄の朱色の着物を着た美少女。

 もう一人は、江戸時代の女剣士のような袴姿の、凛々しい美少女だった。

 着物姿の美少女が、潤んだ瞳を女剣士に向けて、女剣士に触れようと手を伸ばす。

「あぁ………紅葉さま、待ち望んだ一年に一度の夜が訪れました。昨年は月が雲に隠れお逢いすることができませんでした……やっと、この遭逢〔そうほう〕の月夜が巡ってきました」


 紅葉と呼ばれた女剣士風の美少女は、和装女性が触れようと伸ばしてきた手を、平手で払いのける。

「わたしに、触るな! 砂夜!」

 紅葉の強い口調に、砂夜と呼ばれた紅葉和装の美少女は、ビクッと身を縮め少し後ずさりをする。

 哀しげな表情で砂夜が言った。

「紅葉さま、なぜ、わたしを拒むのですか? こんなに恋焦がれていまのに」

 紅葉も砂夜の気持ちは痛いほどわかっていた。

 刀身と、それを収める鞘として生を受けた二人は、生まれた時からこの世に一対の存在としての宿命が義務づけられていることも。

 鞘に背を向けて紅葉が言った。

「我々の存在自体が不自然な存在なのだ、女刀匠と女鞘師………偶然の出逢いと果たせなかった想いが、時を経て短刀と鞘に宿り人の姿となった」

 刀匠と鞘師が生きている時に生涯伝えることができなかった想い。

 添い遂げることができなかった強い想い。


 砂夜が、思い出すのも汚らわしそうな表情で言った。

「わたしは以前、一度だけ男性の刀匠が打った短刀を、所有者の戯れで差し入れられたことがあります………荒々しい殿方の短刀の反りは、半分も入いらなかった怖かったです」

 砂夜が、紅葉の背中にしがみつくように触れた、頬を紅葉の背中に密着させる。

 紅葉も、砂夜以外の刀の鞘に酒席での戯れで、強引に押し込まれ見知らぬ若い鞘の内部を傷つけてしまった時は、自分を所有する者に強い不快感を覚えた。


「だから、今宵だけは……わたしたちに、託された女性刀匠と鞘師の想いを受け入れてください」

「わたしたちは、物に宿った情念だ。人の姿をしているが、人ではない」 

「それでも、構いません……刀巧と鞘師の叶わなかった想いを、今ここに」


 砂夜が紅葉の唇を奪い唇を重ねると。

 先程まで拒む姿勢を見せていた紅葉は、砂夜を受け入れた。

「んッ………つッ、うぷッ……砂夜」

「はぁ……んくッ、紅葉さま………んんッ」

 砂夜に押し倒された、紅葉の和服の衿が肩口まで、砂夜の手で露出させられ開いた衿の間から砂夜は、指先を紅葉の胸元に差し込む。

 口づけをされている、紅葉の体が大きく痙攣して、ふさがれている口から熱い吐息がもれた。

「ふぐッ、ぅうぐっ」

「はぁぁ………紅葉さま、ずっとこれからも砂夜は紅葉さまのことを、お慕いします………短刀の片割れとして………んんッ」

 紅葉の口内で唾液が林を作る。 

「はうぅ………砂夜ぁぁ、わたしも砂夜のことが………あぁぁッ」


 紅葉と砂夜は、女刀匠と女鞘師が生前果たせなかった強い想いを、土蔵の月明かりの中──二人は代わりに果たした、短刀と鞘の付喪神〔つくもがみ〕となって。



   ~おわり~

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