第4話 公務員仮面よ、永遠に?

 ココは某役所。またも窓口で揉め事が起きていた。ホント、揉め事多いねこの役所。


「だから急げって言ってるだろっ!」


「ですから、何度も申し上げてますが順番通りにしておりますのでお待……」


「だから大事な取引がかかってると言ってるだろ! 俺の仕事が回らなくなったらどうすんだよ!」


 男は恫喝を続ける。しかし、面と向かっては言えないが、この男は詐欺師の疑いがあるとして役所内のブラックリストに載っていた。たびたびこういう申請をし、やれ早くしろと急かすのだが、非常に疑わしい書面ばかり出しているのだ。急げというのは詐欺と発覚されないうちに受理させようとするのだろう。とはいえ、全て合法ギリギリのものばかりなので、警察に突き出すには証拠が無い。


 この日はさらに担当の柚月が「そんなに大きな声を上げなくても聞こえております。しかし、急ぐことは出来かねます」と天然に答えてしまったため、さらに火に油を注ぐ結果となっているのであった。


「俺が外国人だから差別するのかぁ!」


「え? 外国人だったんすか?」


 思わず素で柚月が反応するが、男には聞こえていない。


「お前の名前は覚えたぞ! 苦情出して処分してもらうからなっ!」


「そこまで言うと来ちゃいますよ?」


「上司か! 上等だ、来い!」


「いえ、アレが来ちゃいます。まあ、これ以上はコメントできかねますが、知らないですよ」


 柚月も慣れて来たものでサラッと返したその時。


「アレってなんだよ!」


「『アレ』……それは職員が名指しできない存在、それが私」


 不意に声が割り込んできた。男が振り返ると全身白タイツにサングラス、白マントを付けた男が立っていた。胸には『公』をモチーフにしたと思われるエンブレム。役所というお堅い機関においてそれは異彩を放っていた。


「私は公務員仮面! 国のために働く公務員に理不尽な要求を為すものを成敗するために現れた!」


「あ、来ちゃった。所長~、また上申書の準備ですかね?」


 柚月は居合わせた所長に対してカジュアルに問いかける。


「そうだね~。ここ、老朽化激しいから念のため他の皆はお客様は誘導させて外に全員避難してね」


 所長が言うや否や、てきぱきと別の職員達が他のギャラリーを外へ避難誘導していき、柚月と所長、恫喝男を除いていなくなっていった。


(慣れてるわ、皆)


 柚月は妙に関心し、あまりの急展開に恫喝男は戸惑ったが、怯まずに公務員仮面に食って掛かる。


「なんだ、てめえ! 恥ずかしいネーミングセンスに昭和感満載の格好の公務員仮面ってよ!」


「見たところ、全うなオーラが皆無だな。マスコミを賑わせたあの詐欺師軍団と同じ匂いがする。その書類も恐らくは強迫して書かせたものだろう。民法九六条一項により無効になるぞ、知らんのか?」


「う、うっせえ! 証拠があるのかよ!」


「さらにその書類もだ! 巧妙にできているが、表面を特殊な方法で削って改ざんか。私の目は誤魔化せんぞ!」


「何で見えるんだよ! こ、この野郎!」


 恫喝男が殴りかかろうとしたその時、公務員仮面はそのパンチを素早く避け、恫喝男の足をガッチリとホールドした。


「今回は紛うことなき悪人っ! よって最大限のパワーを出す! ドラゴン・スクリュー懲戒免職version!」


「うわあああ!!」


 今回は体を掴み、勢い良く投げたため、一階の柱がマンガのような人形に空き、恫喝男の姿は消えていた。


「所長、やりましたね。でも、柱だったからなあ。ボロ自動ドアなら全壊で修理頼めたのに」


「いや、柱を狙ってくれれば庁舎全壊だろうと見込んで客を避難させたんだけどな」


 所長はケロっと言い放つ。


「あの自動ドアいつも壊れるのに会計課は新調してくれないから、毎回『手動で開けて下さい』の貼り紙するの恥ずかしいですよ。って、柱を狙って全壊ってなんですか」


「いや、ここね。改築の話はあったのだけど某党が政権取った時に『税金の無駄遣い』とされて頓挫したんだ。おかげで今や築五十年、あちこちにガタがきていてね。あそこ狙えば全壊確実だから」


「所長! 呑気に言わないでください! わ、私達も逃げなきゃ!」


 柚月と所長のコントのような会話が続く中、公務員仮面はいつものスマイルで口上を述べる。


「フッ、わかっているぞ。君たちは人事評価があるから、私への賛辞は不当に評価を下げられるという理不尽さが……」


 ご定番の口上を述べ始めた、その時。庁舎に大きな破裂音がしてガタガタと振動が置き、コンクリの粉末が落ちてきた。


「うわ、やばい!」


 柚月達が逃げようとしたその時、公務員仮面は所長を掴み、先程開いた穴の方向へ突き飛ばし、続いて柚月もあっという間に突き飛ばされた。当然、あちこち擦りむいて軽い怪我をする。


「あいたたた、もうちょっと優しく助けて欲しかった。って、彼はまだ中に!」


 柚月が叫ぶと同時に庁舎は派手な音を立てて全壊した。


「そ、そんな……。公務員仮面もとい田島先輩……」


 粉塵がもうもうと漂う中、柚月始め、職員達は呆然としていた。


 所長がボソッと呟く。


「まあ、上申書には『庁舎全壊の混乱で不審者は行方不明』と書いてくれる? 警察にもそう言うから」


「え? 全壊ですよ? やはり、こんな状態でも仕事するのですね」


「そりゃ、公務員だからさ。本局の指示があるまで使える備品など救出して仕事しなくてはならない。予算無いのは相変わらずだし、国民の皆様のためには手を止める訳にはいかない。あの震災の時も半壊の庁舎でヘルメット被って仕事したというし、道路寸断されても徒歩で山越えして出勤したと言う話もある。どんな時も国民のために働く。それが公務員さ」


(ツッコミどころ満載だ……。いろいろと大丈夫なのだろうか)


 柚月はガレキの片付けを手伝いながらため息をつくのであった。


 行け! 公務員仮面! 理不尽な行政暴力に立ち向かうのだ!


(あ、このナレーションが聞こえるということは田島先輩は無事なのね。そう言えば今度で転勤だったな。新天地でも仮面やるのかな)


 ちょっとだけ安心する柚月であった。


 ~完~

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公務員の味方 達見ゆう @tatsumi-12

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