第3話 公務員仮面三たび現る

 ココはとある役所の窓口。


 不況に強いだけあって安心して働けるのはいいのだが、公務員にはその分リスクもある。


 それは……。


「おい、なんで水を飲みながら仕事をしているのだ。勤務中だぞ、これだから公務員なのにけしからん」


 ラフなジャージ姿の中年男性が窓口にいた柚月に向かって怒鳴り始めた。


 このハゲオヤ……もといこの紳士は某役所の常連である。しかし、正規の申請人ではなくクレームの方だ。こうしてどうでもいいことを文句つけては「公務員の癖にけしからん」と難癖をつけてくる。


「コーヒーやジュースなんて飲むな、休憩時間じゃないだろ。公務員はたるんでいる」


 とクレームを言われたため、それらのドリンクは禁止とされて勤務中は飲めなくなった。しかし、熱中症になる職員が続出したため、隠れて飲むようにこっそり変えられた。とはいえ、落ち着いて水分補給できないのはストレスだ。


「勤務時間中に飯を食うな、公務員なのにけしからん」


 と言われたときは休憩時間であっても、事務室でのお昼ごはんが禁止となり、狭い休憩室で取らざるを得なくなり、職員達でぎゅうぎゅうとなった。そのため、外食する者も多かったのだが……。


「外でうどんを食っている、公務員なのにけしからん」


 こんなクレームが入り、外食が禁止になった。職員たちは諦めてコンビニでお弁当を買わざるを得なくなった。


「公務員なのにコンビニで買い物している、けしからん」


 とのクレームが来た時には近所のコンビニでの買い物禁止令が出された。お昼の売上が激減したとの噂だ。


 毎日のように来る「けしからん」を聞かされたある者は出勤拒否になり、メンタルを病んで休職してしまった。いや、彼だけではなく被害者は何人もいる。通常二年間は転勤無しなのに、所長に土下座して半年で逃げた職員もいるくらいだ。


 そしてついに水ですら「公務員なのにけしからん」ときた。


(どうして毎日毎日、クレームばかりなの? もう、何も飲めない、できない。しんどい……)柚月の心が折れそうで軋む音がしたその時。


「貴様は公務員を飲み食いしないロボットと思ってないか?」


 不意に声が割り込んできた。二人が声の方向を見ると職員たちには見覚えのある人物。すなわち、公務員仮面がいた。今回も全身白タイツにサングラス、白マントを付けている。胸には『公』をモチーフにしたと思われるエンブレム。役所というお堅い機関においてそれは異彩を放っていた。



「な、なんだ! 貴様は!」


 ハゲオヤジは面食らったように叫ぶが、公務員仮面は動じずに続ける。


「貴様がクレームを入れ続けたせいで、この役所の待遇は最悪になっている。この夏に何人もの熱中症患者が発生したのは貴様が飲み物にクレームを入れたからだ」


「公務員は勤務時間中は仕事さえすりゃいいんだよ! 飲みながら仕事なんてたるんどる!」


「それに貴様が昼ご飯や仕事後の飲みに行くことに対してクレームを入れたせいで、周辺のコンビニや飲食店は売り上げが大幅減となり赤字経営が続いている。潰れるのも時間の問題だろう。地域を寂れさせている自覚はないのか?」


「うっせえ! 公務員が外で飯を食ってるなんてたるんでいる!」


「ふっ、貴様は交代制で休憩を取るやら、アフターファイブに飲むのは禁止されていないという考えに至らぬのか、愚かだな」


「だいたい、俺達の税金で暮らしているお役人様なんだろ! 市民に仕えてろ!」


「ちなみに貴様の納税状況を調べさせてもらった。無職故に住民税を始め、税金各種を滞納して、差し押さえがたくさんされているようだな。この手の輩はまったく納税しないで『税金で食っている』とほざく。笑止千万!」


「な、なんで知っているんだよ! ってか、住民税とここの税金は別だろっ!」


 公務員仮面とクレーマーの不毛なやりとりは平行線のままだ。柚月はぼんやりとそれを見ながら思った。


(相変わらず個人情報を濫用しているなあ、公務員仮面)


「フッ、ならば仕方ない。口で言ってわからないならば力で解決するまでだ」


 そう言って公務員仮面は奇妙な構えを見せた。


「お、お客様、逃げてくださいっ!」


 クレーマーであっても、柚月は一応避難は呼びかける。しかし、彼は先ほどからの異様な展開に逃げ惑って固まったままだ。


「貴様のような義務を果たさずクレームばかりを言う奴には必殺! 『懲戒免職パ~ンチッ!!』」


 ドゴォォォ!


 強烈なパンチはクレーマーに炸裂し、吹き飛ばされ、天井にマンガのような人形の穴が空いていた。その穴から空が見え、クレーマーははるか彼方に飛び、キラッと光って見えなくなった。


 呆然とする柚月達に公務員仮面は爽やかに言い放つ。


「フッ、言わなくてもわかってる。君たち公務員は人事評価があるから発言によって評価が不当に下げられてしまう理不尽さがあることを。だから私への賛辞は心の中にしかと受け取ったぞっ! さらばだっ!」


 そうして公務員仮面は疾風の如く去って言った。


 行け! 公務員仮面! 次なる行政暴力に立ち向かうのだ!


(今度は壊れていた照明を狙っている。絶妙な攻撃だなあ)


 もはやナレーションが響くことや、あとでまた上申書を書くことになるのを忘れて、柚月は妙な感心をしていた。


(って、いうかこのタイミングでいない人や声をチェックすると正体は田島先輩だとわかるのだけど、何で皆はツッコミ入れないのだろう)


この役所だけなのか、それとも各地にいるのか、柚月は深く考えることを辞めて、手慣れた手つきで会計課へ修理依頼の電話を掛けるのであった。

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