(2−3)2章 御堂千明の聞き込み

 夜間の聞き込みは一歩間違えば通報されてしまいかねない。御堂千明は根性があり、羞恥心がない男だった。御堂千明は肩を上げ下げし、気合を入れた。道路に出て、公園の前を通り過ぎる人たちを品定めする。通報されては敵わない。できるだけ押しに弱そうな相手を慎重に選ぶ。ちょうどサラリーマンが通りかかった。人の良さそうな雰囲気にのんびりとした歩調だ。彼なら足を止めてくれるかもしれない。

「すみません、聞き込みにご協力よろしいですか?」

「はい?」

「強盗殺人事件、ご存知ですか?」

「ああ、大学生カップルが襲われたやつですね。

 ……ところでお宅、どちら様ですか?」

当然の疑問である。御堂千明はサラリーマンに名刺を差し出して、自己紹介をする。

「記者をしております、御堂千明と申します。」

「あー、警察じゃないならすみません。僕、急ぐんで。」

サラリーマンは名刺を御堂千明に押し返し、ほんの少し頭を下げた。

「では、名刺だけ受け取ってください!何かあれば連絡を待ってます。」

半ば無理矢理に名刺を握らせて、サラリーマンに礼をした。

 数人に声をかけたが、押し並べて似たような反応だった。足を止めてはくれても、御堂千明がただの記者だとわかると、冷たくあしらわれてしまう。全員に名刺は渡した(押し付けた)。連絡が来れば……と御堂千明は願う。確率はまず低いだろうが、それでも種はたくさん撒いておくに越したことはない。

 午後十時を周り、夜も深くなってきたので切り上げることにした。御堂千明は駅へ向かうため、通りを南下する。飲み屋街からも少し離れた場所にあるからか、喧騒からも程遠いように思えた。しかし、インターネットの情報によると、大学生が騒ぐことが問題視されているらしい。先ほどいた北公園も新入生歓迎の時期には大学生が屯するようだ。はた迷惑だが、当人たちは楽しいだろう。片田舎で育った御堂千明は、大学生カップルの恵まれた境遇に嫉妬した。

 ーー俺も、恵美香と同棲したかったな。

 東京の大学に出て、恵美香と出会い、交際、そして、二、三年時には同棲を始める。そんな青写真を思い浮かべる。

 ーー恵美香は家事がうまい。俺は頼りきりで、しょっちゅう怒られるんだ。そんな俺に呆れつつも恵美香は最後は優しく許してくれる。……甘えすぎると愛想尽かされるかもな。

 恵美香との甘い生活を夢にながら、現場の枕元に残されていたというメッセージを思い出す。

 『君を孕みたい』

 こんな情熱的なセリフを恵美香は言うだろうか。御堂千明の理想とする恵美香ならば、きっと赤面して拒否をするだろう。御堂千明はやはり小松雄二と三倉結衣を羨んだ。そして、すぐに彼女らの悲惨な現状にやるせなさを覚える。……どんな最後でも愛する人といる時に亡くなったのは、せめてもの幸運だったのかもしれない。

 むず痒さを感じて、腕に目をやると蚊が一匹止まっていた。手のひらでパチリと叩き、潰す。幸い血を吸われていなかったようで、黒々とした蚊の死体だけが残った。御堂千明はなんとなく寒々とした気持ちになった。真夏の夜は蒸し暑いのに、御堂千明の周りだけ氷点下で覆われているように思えた。

 気を取り直して前を向くと、遠くに動く人影が見えた。おそらく男性のものだろう。御堂千明と反対方向に歩いていた。御堂千明は事件のあったアパートから江古田駅への帰路の途中だ。つまり、人影は事件のあったアパートのある方向に向かっている。

 お互いの距離が縮まり、男性が若い青年であることがわかった。同じ地域に住む大学生なら、被害者カップルについて何か知っているかもしれない。

「すみません、聞き込みにご協力ください。」

まだ距離があったが、御堂千明は大きく叫んだ。青年はスピードを緩めなかった。御堂千明を無視する気だろうか。青年は眉根に皺を寄せ、横目に御堂千明を睨むんでいった。そのまま通り過ぎるのではなく、踵を返して御堂千明を振り返った。低く唸るよな声を這わせる。

「警察にもう話しました。興味本位で嗅ぎ回ってるなら、そっとしといてくれよ!死人で遊ぶな。」

あどけなさが残る顔を怒りで歪ませている。怒りようから察するに、青年は事件の関係者らしい。顔立ちからすると、二十歳になるかならないかだろう。十九歳という被害者二人の年齢にも近い。どちらかの友人だろうと推測できた。

 ーーもしかしたら、第一発見者かもしれない。

 御堂千明は青年の怒りをどう受けるか思案する。青年は御堂千明を好奇心から嗅ぎ回っている野次馬だと思っているようだった。記者という仕事柄、こうした非難を受けることは珍しくない。「死人で遊ぶな」というセリフはメディアとしては考えさせられる言葉だ。あながち間違いではない、と自嘲する。しかし、それがメシの元手なのだ。罪悪感を押しのける。

「いや、雄二くんの親戚で、小さい頃可愛がってたから色々を知りたいんだよ。」

嘘も方便ーー記者だと名乗ることを避けた。青年は見定めるように御堂千明へ視線を送る。青年を納得させるためには、何を言えばいいだろか。御堂千明は未報道の情報を出す。

「強盗殺人なんて、雄二くんも彼女も浮かばれないだろう。凶器だってあんなに鋭い包丁を使わなくたって良かったじゃないか。普通の包丁なら、二人とも助かっていたかもしれないのに。」

青年がどこまで知っているかはわからないので、賭けであった。強盗殺人の可能性が高いこと、牛刀包丁という刃渡り三十二センチの鋭い包丁が使えわれたことを会話に混ぜ、事件について深く知っていることを匂わせる。彼も情報を知っていれば、御堂千明がただの野次馬ではないと理解してくれるかもしれない。青年の年代から考えると、第一発見者、もしくは被害者や第一発見者の知人だろう。

「……そっすか、そういえば目元とか似てますね。」

語気から怒りが消えて、むしろ親近感を抱いたようにも見えた。

「君は雄二くんとは仲が良かったのか?」

「良かったのかな?

 ……でも、一緒に講義を聞いたり、飲み行ったり、俺は雄二といるの楽しかったな。大学からの付き合いだったけどさ、なんか地元の友だちみたいな安心感あって。」

小松雄二は、友人から好かれていたようだ。御堂千明は、親戚のおじさんなならどういう言葉を返すだろうかと打算する。

「そう言ってくれてありがとうな。雄二くんはどこか人を安心させてくれる子だよ。

 君、名前は?」

「康平です。」

御堂千明は康平に手を差し出し、優しく握手した。

「康平くん、今回の事件について何か知らないかな?」

肩を大きく震わせ、康平は目を伏せた。視線の先には地面にうつる康平の影があった。電柱の光がつくる影は、二重にも三重にも連なっている。

「……あの日、あいつ飲み会断ってたんです。なんだったっけ、十二時までバイトがあるって言ってたっけ?

 二次会三次会って進むと、やっぱり雄二にも来て欲しくなって、俺、呼びに行ったんです。バイトが十二時までなら、もう帰宅してるだろうと思って。

 たしか、三時ごろかな?おじさんは俺のこと非常識に思うかもしんないけど、仲間内では結構あるんですよ。三次会から呼び出したり、なんなら始発ないから泊めろって押しかけたり。」

 ーーおじさん……。

 二十歳そこそこの青年から発せられた言葉に、御堂千明は自分の立場を思い知らされる。

「まだ三十路にもなってねぇんだけどな。」

苦笑いしつつ答えると、すみませんと謝られた。

 ーー謝るな、余計辛い。

 若い時代は自分より年上がすべておじさんに見えるのだろう。社会に出るまで、自分たちの世代と自分たちの世代以外で世界が構成されているのだ。二十九の御堂千明は、彼らの世代からとっくの昔に外れていた。

 呼びに行ったのが三時だとすると、黒い男の目撃時間と近かった。青年が黒い男とすれ違っている可能性もある。一〇二号室の住人もこの青年も当時、飲み会の帰りで酔っていたと言っているので証言の確実性には疑わしいが、二人も目撃者がいれば確実だろう。

「……ところで、三時って本当か?」

「レシートみますか?あの日、洋民を出て、すぐに雄二を呼びに行ったんだ。洋民のレシートが午前二時四十七分だから、多分、公園に着いたのは三時ごろだと思います。」

「公園?」 

「この先にあるちっちゃな公園。」

おそらく御堂千明が先ほどまでいた北公園のことだろう。

「俺、雄二のこと呼び出しに向かってたんです。そしたら、途中、公園で雄二っぽいやつ見かけたんです。誰かと話してて、なんだか真剣な様子だったから声かけれませんでした。それで、そのまま飲み会に戻っちゃって……。」

康平の声は最後の方は小さく、聞こえなかった。小松雄二に声をかけなかったことを後悔しているのかもしれない。声をかけていれば、事件が防げたかもしれないと思っているのだろう。 

「誰と何を話していたか、わかるか?」

「……いや、ちらっと見て、盗み聞きも良くないと思って、すぐ引き上げちゃったから。」

 しばらくの沈黙。御堂千明は慰めの言葉を探したが、結局何も浮かばなかった。青年が次に口を開くまで、待つのが優しさかもしれない。御堂千明は青年から目を逸らし、街灯の灯を見つめる。等間隔に並べられた街灯が光を放つ。通りを照らしているはずの光はどこか仄暗かった。御堂千明が思うよりも早く、青年は立ち直り、顔を上げた。

「……でも、雅也の方がやりきれねぇよな!

 あいつ、もっと早く行ってれば結衣ちゃんも助かってたかもしれないって悔やんでたよ。」

「雅也くんって第一発見者の……?」

御堂千明はカマを掛けた。

「そうだよ」

 ビンゴ!御堂千明は内心で指を鳴らした。第一発見者なら、さらに深い情報を得られるかもしれない。

「良かったら、雅也くんを紹介してくれないか?雄二くんを助けてくれたお礼もしたいんだ。」

雅也くんの連絡先を教えてもらい、御堂千明は青年に礼をして立ち去った。

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