第4話

「あのー」名取が遠慮がちに言った。「これだけじゃ、ちょっと、届かないと思う。一文には座談会っていうオマケがあって、うちには何もない」

 〆切も守れないくせに何を……と思ったが、オマケがないのは事実だ。

「実は私もアイディア考えてきたんだ。あのさ、猪原教授に講評お願いするのってどうかな?」

「!!!」

 それは恐るべき提案であった。ごくり……と唾を飲む音が聞こえてきそうだ。

 猪原教授! ハードボイルド小説を主軸とするキャリア26年の現役作家。武道家のような外見と歯に絹着せぬ物言いで知られ、彼が受け持つ創作の講義は「ボコボコ相談室」と呼ばれている。

 その猪原教授に講評してもらうということは……

 中條が言った。「実質、公開処刑ですよね」

「そうなると思う。できれば褒められたいけど」

 なますにされるだろう、十中八九。

「やってみる価値はあるね」と、大瑠璃。「猪原雅彦が学生の作品をどう読むのか、気になる人は相当多いんじゃないかな」

「自分も客だったらめっちゃ読みたいですけど」木下が言った。「聞いただけで胃が痛くなってきました」

「俺も」羽柴は青い顔をしている。

「私もめちゃくちゃ怖いです」と、中條。「でも、そのぐらいしないと、一文には勝てないかもしれません」

 決定に傾いていたところに、「待ってください」俺がストップをかけた。「教授にお願いするってことは、〆切は少し繰り上げになるでしょうし、絶対に破れませんよね?」

 厳格な人だ。一人でも遅れたらおそらく全員見てもらえない。もし間に合った者だけ見てもらえたとしても、それでは本として体裁が整わない。

 名取さん〆切間に合ったことないじゃないですか。喉まで出かかったところで、その名取が口を開いた。

「私が一番危ういよね」

「……」

「エースなんかじゃない。わかってる。不安定だから役割振ってくれないだけなんだよね」

「……」

「みんな私のこと、ちょっと顔がかわいいだけのメンヘラクソ女だと思ってるんでしょ」

 思っ……いや、後半は思ってる。前半は思ってない。あ、大瑠璃がいたか。何にせよ自覚あったのか。

「お荷物だと思われてんの嫌なの。今度こそ、死ぬ気で〆切守るから、やろう。私も青春してみたい」

 ……苦しんでいたのか、彼女なりに。

 ヤバいヤバいと言いながら、ハナから間に合わせる気はなく、自分に甘いだけなのだろうと思っていた。

 よしんば今まではそうだったとしても、仲間が変わりたいと言っているなら、応援したい。

「よし、やろう!」大瑠璃が晴れやかに言った。「猪原教授には僕から話しておく」

 心臓がドクンと跳ねる。握った拳に力が入る。

 勝とう。全員で。力を合わせて。

 この思いを筆に乗せれば、悔やむ結果にはならないだろう。


(了)

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弱小文芸部の超青春会議 森山智仁 @moriyama-tomohito

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