第3話

 翌日。

 俺は昨年の文フリにおける、一文の作品概要と売上部数をホワイトボードに記入した。これを調べる役目を仰せつかったのは、気軽に話せる一文の知り合いがいるのが俺だけだったからだ。

 

・「秋」をテーマにした短編集

・直近の芥川賞・直木賞に関する座談会付き

・表紙は「文學界」を彷彿とさせるレトロなデザイン

・売上81部/印刷100部


「うわっ、無理かも」

 81という数字を書いた時、背後から木下の声が聞こえた。

「いやいや、キンさん」と、羽柴。「あんたが言い出したことですやん」

「でも81はすごいよ」

 確かにすごい。俺もそこまで売れているとは思わなかった。

「なんでそんな売れてんのかな」

「部員多いですからね」中條が速攻で核心を突いた。

 それだ。

「え、どういうことスか? 作品数多いほうが興味持ってもらいやすいんスか?」

「友達や家族が買うからですよ」

「そっかー! ズルいな!」

 昨年の一文の部員数は25名もいた。全員友達の少ない陰キャだとしても1人2部売ればもう50部だ。

「あと、座談会も面白そうですよね。これは私も読んでみたいです」

 文フリに来る客層なら、かなりの割合で芥川賞・直木賞は抑えているはず。フックとしては強い。

「この座談会は毎年やってるそうです」と、俺は捕捉した。

「パクりますか」羽柴が冗談とも本気ともつかない口調で言う。

「それはさすがにダサくない?」と、木下。

「ネタまではパクらないにしても、座談会自体はアリじゃね?」

「えー、そんなことやってて、〆切間に合うかな……」

 またこの人は……と思ったが、一理ある。

「座談会はやめとこう」大瑠璃が言った。「あまり時間がない。文字起こしはかなり大変だし、読みやすくまとめるのはもっと手間がかかる。それを誰がやるのかって問題もある」

「確かに」「そうですね」と、各々、同意の声を上げた。

 大瑠璃は昨日と打って変わって、吹っ切れたような顔をしている。こんな風に切り替えられる人だとは知らなかった。

「調査ありがとう、美濃」

「はい」

 今さらだが俺の名は美濃次郎という。ペンネームは小学生時代のあだ名をそのまま使って「ミノジロー」だ。

「ちなみに去年の二文の売上、言ったっけ?」

「いえ、まだです」

「11部だった」

「……」

 マジですか。

 文フリ参加時点では8人いたはず。それで11部しか売れないというのは逆にすごい。

「まず、土俵に上がるために、去年一文がやっててうちが怠ってたことを潰していこう」と言って、大瑠璃がホワイトボードマーカーを手に取った。


・事前のツイッターでの告知

・フルカラーのポスター

・大きな文字かつ垂直方向の掲示各種


「まずツイッターだけど、沈黙してる二文アカウントを蘇生させたい。木下と、羽柴と、美濃」

「はい」

「3人交替で、何でもいいから写真付きで1日1回以上ツイート頼む。あ、もちろん敬語で」

「何でもいいんですか?」と、俺。

「センシティブ判定食らうようなものじゃなきゃ何でもいい。一応文芸関係が望ましいけど関係なくてもいい」

 羽柴が問う。「じゃあ、アニメの感想でもいいんスか?」

「全然いい。冒頭で名前名乗って、自由にツイートしてくれ」

「あの」と手を挙げたのは名取だ。「なんで私仲間外れなの?」

 彼女だけでなく中條もだが。

「名取は〆切あるから大変だろ」

 すごい詭弁だ! 〆切は全員にあるという事実を完全に無視している。

 不平等ではあるが、名取に余計な負荷をかけないほうがいいのは明白。さらに言えば、彼女の個人アカウントは病みがちである。SNSに向いていないと判断したのだろう。

「で、中條はツイッターやってないよね?」

「はい。よくわからないのでパスしたいです」

「新規フォローやRTは僕がやる。あとで順番決めといてくれ」

「了解です」ツイッター組3人が口を揃えた。

 いいぞ、物事が動き出している。

 中條が挙手して言った。「SNSタッチしない分、ポスターと、あと表紙も含めたデザイン関係、私にやらせていただけませんか?」

「中條さん、そういうアレ持ってたんですか?」と、木下。そういうアレとは経験とか機材のことだろう。

「お眼鏡にかなえばなんですけど」

 中條が我々に向けたスマホの画面には、ピクシブのプロフィールページが表示されていた。

「え、これマジで中條さん!?」羽柴が素っ頓狂な声を上げる。

「はい」

 素直に上手い。竹久夢二を今風にしたような華やかさ――とでも言えばいいだろうか。これを表紙にした本が書店で平積みになっていても何ら違和感がないだろう。

 絵もすごいけれど、フォロワー数もすごい。

「ツイッターでは宣伝用のアカウントも持ってないの?」と、大瑠璃。

「はい」

「外部宣伝無しでこれか……」

 隠れた神絵師。部としてはまさに棚ぼただが、俺にはちょっと引っかかるものがあった。

「中條さん、どうして学祭の時は描いてくれなかったんですか?」

 夏の学祭でも短編集を出した。その時は大瑠璃がワードとフリー素材で地味〜な表紙を作っていた。

「訊かれませんでしたから。描ける人いないかって」

「じゃあ、今名乗り出たのは?」

「楽しくなりそうだったからです」と言って、中條は微かに口角を上げた。

 言外に、学祭の時は楽しくなかったと言っているわけだが、そこはもう追求すまい。

「よし、じゃあ中條頼む」

「はい」

「私は?」名取が寂しそうに言う。「私は何すればいいんですか?」

「名取はうちのエースなんだから、作品に集中してほしい」

 エース??? と、名取以外の全員の頭にデカめの疑問符が出現した。しかし全員、何も言わなかった。

 どう考えても名取には仕事を与えないほうが良い。平等な配分に固執したらかえって周囲の負担が増えることになる。

「じゃあ、分担が決まったところで、目標とテーマを決めよう」

 売るためには何らかのテーマが必要。その点は昨日の段階で合意に至っていた。

 大瑠璃の手によって、俺が書いた「81」と「秋」の横に四角い枠が描かれる。

「まず目標だけど」

 マーカーがキュッキュッと音を立てる。

 枠の中に書き入れられた数字を見て、木下がつぶやいた。「ひゃく……」

 昨年の約9倍。大躍進(の予定)である。

「ま、そーっスよね」羽柴が腕組みして言った。「とりあえず去年の一文はキッチリ超えないと」

 今年の一文の部員数は少し増えて27人。去年より売上を伸ばしてくる可能性は十分にある。

「で、テーマなんだけど、どうやって決めようか。一応、それぞれが興味のある単語を出し合って、共通項を探すっていうやり方を考えてきたんだけど」

「あ、ちょっといいスか?」羽柴が挙手した。「それなら確かに書きやすそうですけど、あくまでも目標は売上なんだから、売れそうなテーマにしたほうが良くないスかね」

「まぁ確かに。でも、お客さんが興味ありそうなものって……」

「“時事ネタ”とか」と、俺。

 それをただちに「ごめん、私ニュース見ないから無理」と名取が却下する。

「わりと女性客多かったですよね」と、中條。「“恋愛”……はライバルが多そうですから、“ファッション”とかどうですか?」

「俺らにファッションの話書けると思います?」推定全身ユニクロの(俺もだが)木下が申し訳なさそうに言った。

「ごめん……」

 ちなみに羽柴はユニクロ以前、おかあさんが買ってきたような服を着ている。

「“金”はどうかな?」と、大瑠璃。「金に興味ない人間いないと思う」

 それだ! と一瞬思った。が……「いいと思うんですけど、俺たちじゃちょっと社会経験足りないんじゃないでしょうか。なんか、みんな似たような話になる予感が……」

「あー、確かに。僕もバイト代と食費のことぐらいしかわかんないや」

「食」羽柴が言った。「“食事”どうスか?」

「いいかも!」皆、口々に賛意を示す。

 金と同じだ。食に興味がない人間は少ないはず。テレビや雑誌でも鉄板の題材。

 しかし、やはり所詮は大学生である。エッセイを書くのではないとは言え、普段の食生活が似通っていたら、似たような話が並ぶ恐れがないとは言えない。

 というわけで、各自の食事情を確認してみたところ、いい感じにバラけていることがわかった。


大瑠璃:老舗イタリアンの実家住まい

中條:料理が趣味で何でも作る(多才過ぎるだろ)

木下:卵アレルギー

羽柴:ラーメンマニア

俺:地元ではよく釣った魚を食っていた

名取:ゼリーとかお菓子で生きてる


 そして、ホワイトボードに決定事項が書き出された。


・「食事」をテーマにした短編集

・デザインは中條が担当

・編集は大瑠璃

・ツイッターは木下・羽柴・美濃

・売上目標100部/印刷120部


 これで……!

 ……

 ……いける、のか?


 良い短編集になりそうではある。

 しかし、去年の実績は驚異の11部。

 これから頑張って増やすとしてもツイッターのフォロワー数は現時点でわずか40。

 果たしてこれで、一文に勝てるのだろうか?

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