第4話
トーナメントの決勝戦。涼徳Aは現在一勝一敗。残された対局は大将戦で、文彬が必死に相手玉の詰みを読んでいるところだった。
部員たちみんなで、その様子を見守っていた。僕は、少し遠くから眺めていた。
「あの、すみません」
後ろから声をかけられた。振り向くと、中西君がいた。
「うん」
「涼徳、優勝できそうですね」
「まだ、わからないよ」
「詰んでます」
「そうなの?」
「はい。僕、入りたかったんですよ」
「えっ」
「涼徳落ちたんです。あの、よければ、今度練習対局とか、してもらえませんか」
頭を下げられた。さっき、これまで経験したことがないほどの大差で、全くつけ入る隙を与えてくれず、僕を負かした人だ。もう、完敗過ぎて逆にすっきりしたほどである。
「いいよ、もちろん」
「よかった。今度、三人で部室に伺います」
ざわめきが聞こえてきた。どうやら、対局が終わったようだ。
「あっ」
「勝ったみたいですね」
「本当だ」
文彬の笑顔が、勝敗を語っていた。初優勝。そう、僕は涼徳初優勝のときの、部長になることができのだ。
「よかった」
心の底から、出てきた言葉だった。
「そっか、勝てなかったか」
「でも、チームとしては初めて勝ったよ」
姉さんは、バタバタしていた。タイトル戦はいろいろな地方であるので、ちょっとした旅行でもある。そして姉さんは、旅行の準備が苦手だ。
「化粧水知らない」
「知らない」
「あー、もう、なくなるはずないんだけどなー」
結局いつも、準備を手伝わなければならない。どんなに将棋が強くてもちゃんとダメなところがあって、ちょっと安心する。
「やっぱり、やめるの、将棋? 大学では別のことしてみたいんでしょ」
「あー……でも、悩んでる。やっぱり、勝ちたいって思ったから」
「そっか。まあ、あんたが思うようにしたらいいよ。でも、将棋、楽しいでしょ」
「うん」
姉さんは、歯を見せて笑った。僕も、真似をして笑った。
本当は、悔しいんだ。全国に行ける文彬のことも、あんなに強い中西君のことも羨ましい。だから、せめて、もうちょっと近づきたい。いい勝負ができるようになりたい。
「やだなあ、楽しいから、やめらんないのかなあ」
負けても、負けても、負けても。将棋のことを嫌いにならなかった。これからもずっと、好きなんだろう。本当に参った。将棋に出会えた僕は、幸せ者だ。
涼徳D、行きます! 清水らくは @shimizurakuha
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