【スピンオフ】うっかり聖女、思わず『闇』解放ボタンを押しちゃった。さぁどうする。(←今ココ)



 どうしよう。


 『聖女』しか入れない一室で、少女はひとり蹲り、頭を抱えて「うー……」と唸った。


 

 ここは聖堂、祈りの間。

 聖女しか入ることができない場所である。


 そんな所に私がいるのは、彼女が今代の『聖女』であり、成すべき事を成す為だったのだが。


「何故、私はいつもこう……」


 自身の行動に激しい後悔を覚えてはみるものの、全てはもう後の祭りだ。



 だってもう、押しちゃったんだもの。


 「押すな」と書かれたそのボタンを。




「本当に、何故私はその表記に気づかなかったのでしょう」


 ボタンがあったら押せ。

 誰かからそう教わった覚えなど、無いというのに。




「……押さなかった事に、出来たりしないかしら?」


 散々悩んだ末に私が思い付いたのは、そんな考えだった。


 そしてもしもそんな願いが叶うのだとしたら、それをかなえられるのはただ1人。


「神様、いらっしゃいますか……?」


 祭壇に向かって両膝共に跪き両手の指を胸の前で組んで、いつもの調子でそう呼びかける。


 すると敬虔なる信徒の心と聖女の力に応えて。


「呼んだか、聖女よ」


 白い祭壇を金色の光がパァッと照らしながら、目の前に神が降臨した。




「神様。私の声に答えていただき、ありがとうございます」


 まずはそうおれいをのべたあとで、彼女は懺悔する様に言葉を続ける。


「神様。私、押してしまったのです。アレを」


 言いながら例のアレへと視線を向けると、その視線を男神も追って。


「……そうか、アレを」


 深刻そうな声色がそう答えた。


「しかし、其方が自らの意思でそうしたのなら、それは正しい行いだったのだろう。ワシはーー」


 お前の意思を尊重するよ。

 そう続く筈だった言葉は、しかし彼の想像の斜め上を行く声にかき消される事になる。


「いえ、あの、実はうっかり押してしまって……」

「……え?」


 聖女の言葉に、男神の後光が動揺に揺れた。

 しかし事実が覆る事はなく。


「それで、その……無かったことに出来ないかと……」

「えっ……」


 敬虔なる信徒の無垢なる願いを前に、男神の後光がその光を弱める。

 その瞳から逃げる様に、男神は視線を泳がせて。


「……いや、流石に無かった事にするのは無理ではないのか?」


 幾らか逡巡した後で、少し困った様にそんな言葉を返してきた。


「だってもう、押しちゃったんじゃろ……?」

「はい……でも、そこを何とか……なりませんか?」

「何とかと言われてもなぁ……」


 そんなやりとりをしながら、どちらともなく2人して例のアレへと目をやった。



 そこにあったのは、一つのボタン。

 そして「押すな」と書かれたそのボタンの隣には、石碑が一つ設置されていた。


 問題は、そこに掘られていた文字である。



<汝、『闇』を欲するか>


 その言葉を見て、2人は同じ物を連想せずにはいられなかった。




 この国には、聖女に関する有名な伝承が残されている。


 曰く、「ある日突然『闇』が世界を覆った。それを封印せしめたのが、初代『聖女』である。彼女はひかりの彼方に消え、その後2度と戻っては来なかった」。



 これを踏まえた上でそのボタンと石碑を見れば、それがいったいどういう代物なのかなど、容易に想像がつく。


 もしも『闇』を欲するのなら、その願いと共にこのボタンを押せ。

 つまりはそういう事なのだろう。



 それを聖女は押したのだ。


 しかも、ついうっかりで。



「流石に解き放たれた『闇』をどうにかする事はワシにもなぁ……」


 だから世界には『聖女』が必要なのだし。


 そう言われて、彼女は思わず「なるほど、確かに」と納得してしまう。


 しかし。


「困りました……。一体どうしたら良いのでしょう」


 眉尻を下げて男神にそう問いかければ、彼は「うーん」と一度唸り。


「こうなったら、『聖女』が再び『闇』を見つけて封印するしかないのではないか?」


 伝承の通りに。


 そう言った彼に、聖女は「そうですね……」と肩を落とす。



 こうして、うっかり聖女の『闇』を見つけて封印する物語が今、始まる……かもしれない。



~~Fin.

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