第5話 秀郷公。俵藤太と呼ばれる所以

「よくぞやってくれた剛の者よ」


 娑羯羅竜王は宿敵である大蜈蚣を秀郷が退治したことを大いに喜んでいた。


 竜王は褒美として一振りの太刀と黄金札の鎧を与え、米俵と巻絹と鍋そして鐘を与えた。


 鍋は食物が尽きず、米俵と巻絹は幾ら使っても耐えることが無い。


 鐘は大津の三井寺に寄進した


 反乱の罪で都から疎まれ流浪の生活を続けていた秀郷は一夜にして物持ちになっていた。


 以来、無尽蔵の米俵にちなんで彼は俵藤太と呼ばれるようになった。





「お別れでございますね」


 瀬田の大橋の袂、竜女は秀郷との別れを惜しんでいた。


「そうだな……取りあえず鎌足公が貴女から受けた恩を返す事が出来たと思うが、これ程沢山の物を戴き、心苦しい気分である」


「何をおっしゃりますか……この日の本の国は近年必ず乱れる事になります。世は秀郷様を必ず必要とされる時が来ます。これらの物はその時の備えにしてください」


「騒乱が起こると言うのか?」


「ええ……父王かぞのきみによると東国に禍々しい災いの念が渦巻いていると。それは必ず帝位たかみくらを脅かす大乱になると」


「しかし吾のような反乱を引き起こした者にみかどが頼るのだろうか?」


「必ずみかどは貴方様を頼られる事に成るでしょう……秀郷様の前に彼の大蜈蚣よりも強力な敵が現われる事になります」


 果たしてあの巨獣よりも強い敵などいるのだろうか。


 秀郷の全身は自然に震えた。


 これは恐怖によるものではない。


 武人として強敵と戦う事に喜びを求める武者震いだった。


「秀郷様の新たな地でのご活躍をお祈り申し上げます」


「ああ……貴女も達者でな」


「貴方様の事は忘れません……きっと鎌足公の御魂が転生なされたのでしょう。秀郷様の事は後世まで語り継がれていく事になりますよ」


 竜女の瞳がいつもより潤んで見えた。


 人外である竜女が涙を流すとは思えなかったが秀郷は自分の気のせいだとは思わなかった。


 二人は分かれると秀郷は東国に向けて歩み始めた。


 秀郷が近江へ来た時何をしようという目的は無かったが、今東国へ向かう彼の目的ははっきりとしていた。


 何時か相対することになる巨獣よりも強力な敵との出会いを胸に秘めて。

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俵藤太草子(伝藤原秀郷公蜈蚣討伐之事) 麗玲 @uruha_rei

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