彼に狙いを定めて。


 腹から胸にかけて、やさしい突撃。


「うおっ、と」


 彼。あのときと同じように。抱き留めてくれる。プラネタリウム前。いや、今回はプラネタリウムの中か。


「もうあなたはいない。死にました。楠樹見来は死んだんです」


 彼に話しかける。自分の声で。自分から。


「だから。今度はわたしから。楠樹見来2さんに。あいのこくはくをします」


 この日が来ることを。ずっと、夢見ていた。彼が死んだのに。指輪まで作って。ずっと。ずっとずっと。


 彼に抱きついたまま、もぞもぞする。なかなかむずかしい。これでいいかな。よいしょ。


 彼から離れる。


「え?」


 彼。


 何をされたのか分からないという表情。彼自身の身体を、彼自身の手で確認している。


 その左手の、薬指。


 マリッジリング。


 彼がこちらから視線を離しているうちに、後ろ手で素早く自分も同じ結婚指輪をはめる。これは練習したから大丈夫。簡単にできた。左手の、薬指。


 さて。


 いつ気付くでしょうか。


 あれ。


「ん。どうしたの?」


 声が。出なくなっちゃった。


「それは」


 ああ。気にしないで。たぶん、安心しただけだから。あなたに。いや、なんでもない。あなたが気付くまで黙ってることにします。どっちみち声も出ないし。


「私に何したの?」


 秘密でえす。


「ええ。分かんないなあ」


 彼。指輪のはめられた左手で、頭をかいている。そこまでやって気付かんかあ。


 口を動かして、コミュニケーションをとる。


 ねえ。


「うん?」


 新幹線乗る前さ。私についてしゃべってるひとたちいたでしょ。


「いたね。あなたがもう飽きられてるみたいな話だったような」


 ね。言われてたね。


「へこんでるの?」


 実はですね。売上は先月がいちばん大きいんです。


「へえ」


 世の中の大多数のひとに声を届ける期間は終わったんです。これからは、わたしの歌を応援してくれる一部のひとだけに向けた歌をお届けします。


「すごいね。さすが歌手だ。夢を叶えたんだね」


 だから。


 あのさ。


 あなたに届けるように唄ってたんだけど、そういうのは、聴かないの?


「え。聴いてないかな」


 ええ。


 だから気付かないのよ。


「えっ。ほんとに。何したの私に。全然分からないんだけど」


 もう知らない。


「逢って直接聴こうかなと思っただけだよ。あっ。指輪が」


 彼。

 ようやく、指輪に気付く。


 冷静を装っていた彼の顔が。


 真っ赤に染まる。


 さあ。


 これで舞台は整った。


 心のままに唄おう。


 あなただけのために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流星の指輪 (もうあなたはいない) 春嵐 @aiot3110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ