後編



 嘉月が陽菜に告白したのは、高校二年の時だった。陽菜は告白は大学生になってからでも遅くはないと主張したのだが、嘉月の方が陽菜に対する気持ちをはっきりと形にしておきたいと押し切ったのだ。


「そんなに気を遣ってくれなくても良かったのに……」

「陽菜がそれで良くても、俺がそれじゃ済まないんだよ」


 普段とは違ってやや戸惑い気味に話す陽菜に、嘉月は強い口調で言う。嘉月は表向きはそれまでと変わりなく振る舞っていたが、内心では一日が過ぎる毎にどんどん陽菜のことを求める気持ちが強まっていて、このままでは自分がおかしくなりそうだと、覚悟を固めたのだった。


「でも、嘉月くんにそう言ってもらえて私も嬉しいな。これで晴れて恋人同士だもんね」

「受けてくれるのか、陽菜」

「当然じゃない。私だって、我慢してないわけじゃなかったんだよ」


 陽菜は素早く気持ちを切り替えて、明るい口調で話す。それを聞いた嘉月はほっとしたような笑顔を浮かべる。万が一にでも陽菜から拒絶されてしまった場合どうすればいいのかと、嘉月は内心、気が気ではなかった。

 そんな嘉月の心中を推し量ってか、陽菜は嘉月の体を労わるように優しく抱きついた。


「陽菜……?」

「大丈夫だよ、嘉月くん。私はどこにもいかないし、嘉月くんを一人にしたりもしない。ずっと一緒に居てあげるから……」


 突然のことに驚きを隠せない嘉月に、陽菜は優しく語りかける。

 その言葉を聞いた嘉月の目から、一筋の涙がすうっと流れる。嘉月は慌てて涙をぬぐったが、涙は次々にあふれてきて止まる気配がない。


「何だよ……? なんで俺、こんなに泣いてるんだよ……?」

「分からないの、嘉月くん? ……嘉月くんは、寂しかったんだよ」

「陽菜……?」


 嘉月は必死に涙を拭いながら、陽菜の言葉に耳を傾ける。


「嘉月くんは、私と出会うまで一年おきに転校を繰り返していたって言ってたよね。どうせすぐに転校しちゃうから、仲の良い友達を作っても離れ離れになるし、それなら下手に友達なんか作らない方が良いって」

「……」

「でも、本当はそれを寂しく思っていたんじゃないのかな? 一人でいい、一人で大丈夫って言っていても、本当は自分のことを見てくれる友達が欲しかった。自分の孤独を埋めてくれる人が欲しかった」

「……何を勝手に……」


 嘉月は陽菜の言葉を遮ろうとしたが、何故か言葉が上手く出てこず、途中で口がつっかえてしまう。陽菜は抱きつている腕に少し力をこめた。


「私には転校の経験なんてないから、嘉月くんの心の中の本当のところは分からないけど、でも嘉月くんがひとりぼっちで寂しい想いをしていたのだけははっきり分かる。……だって私も、嘉月くんに出会うまでは独りぼっちだったんだもん」

「……」

「……だから、安心して。これから先、何があっても私は嘉月くんの側にいる。嘉月くんに寂しい想いなんてさせない。ずっと一緒だよ……」


 陽菜はそこまで言うと、あとはただただ黙って嘉月の体を抱きしめて離れなかった。陽菜の体のぬくもりは、それまで誰にも知られることのなかった嘉月の孤独をゆっくりとほぐしていく。

 嘉月の涙はいつの間にか止まっていた。嘉月は何かを言おうとして思いとどまり、自分もそっと陽菜の体を抱きしめた。

 陽菜が嘉月の顔を見上げる。嘉月も陽菜のことを見つめる。


「……何だか格好悪いな。俺の方が陽菜に想いを伝えないといけなかったのに」

「それはこれからいくらでも機会があるから、その時に改めて伝えてくれると嬉しいな」

「本当に、ずっと俺と一緒に居るつもりなんだな」

「勿論。大学も同じ大学に行きたいし、それから先もずっと一緒に居たいもん」


 大真面目な口調で気の早いことを話す陽菜に嘉月は思わず苦笑いを浮かべるが、嘉月の方は嘉月の方で陽菜と一緒に暮らす未来を見据えていた。


「なら、俺もずっとお前と一緒に居られるように努力しなきゃな」

「期待してるよ、嘉月くん」

「任せろ!」


 力強くそう言い切る嘉月を、陽菜は頼もしそうに見つめていた。



 そして月日は過ぎ、嘉月と陽菜は努力の甲斐あって揃って同じ大学の同じ学部に入学した。流石にアパートまで同じというわけにはいかなかったが、それでも大学近隣にそれぞれ部屋を借りて、お互いの部屋に顔を出し合う毎日を送っていた。

 休日に陽菜が朝から嘉月の部屋に入り浸るというのも珍しいことではない。


「ごちそうさま~」


 嘉月が作ったチャーハンを陽菜はニコニコと笑顔を浮かべて完食した。一人前を嘉月を分け合って食べたので分量的には大したことなかったのだが、それでも陽菜は満足げであった。


「美味しかった! ありがとね、嘉月」

「陽菜、今月何回目だよ? 朝食食べに来るのは」

「五回目……いや六回目だっけ? 正確には覚えてないなぁ」

「今日で七回目だ。人にたかってばかりいないで自分でちゃんと作れ」


 嘉月は呆れたように言う。陽菜は人の世話はよくするのだが、自分自身の世話をすることには全くの無頓着で、放っておくとご飯もろくに作らない。


「うーん、分かってはいるんだけどねぇ。けど、それより嘉月と一緒に居る方が大切だから、つい」

「自分の生活も大切にしてないと、俺と一緒になんてられなくなるんじゃないのか?」

「流石に嘉月にそれ言われちゃうと弱いなぁ……はーい」


 嘉月の言葉に陽菜はおちゃらけた態度を改めてうなずく。それを見た嘉月は、小さくため息をついた。


「陽菜と一緒だと寂しさを感じるいとまもないな」

「良いことじゃない。やっぱり一人でない方が良いでしょ?」

「それは……」


 嘉月はそこまで言いかけて、口をつぐむ。陽菜は思わず嘉月の顔を怪訝そうな顔で見つめる。


「嘉月?」

「……悪い、陽菜。また独りよがりな自分を出すところだった」


 嘉月はばつの悪そうな顔で言う。陽菜との生活の中で、嘉月の人付き合いの悪さや一人で強がるような側面は少しずつ解消されつつあったが、長年染みついた性格が一朝一夕いっちょういっせきに変わるはずもない。

 陽菜はそんな嘉月を安心させるように暖かな笑顔を浮かべて言う。


「焦らないでも大丈夫。私はいつでも側にいるよ、嘉月」

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いつでも側にいるよ 緋那真意 @firry

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