23:55

 気がつくと私は駅前の広場に立っていた。いつの間にここまで戻ってきたのだろう。意識はハッキリしているし、さっきだって、記憶を無くすほどは飲んでいないはずだけれど。

 私は軽く頭を振って、駅舎に向かって歩き出す。とにかく今は家に帰らないといけない。

 

 雪はもう止んでいた。もしかして積もるかもしれないと思うほどだったのに、お店にいる間に全部溶けてしまったのか、どこにも雪は残っていない。辛うじて地面が濡れていて、それだけが、確かにさっきまで雪が降っていたことを示している。水たまりを避けながら私は歩いた。

 

 流石に終電はもう無いだろうけれど、タクシーは拾えるようになっただろうか。

 

 けれど、今から急いで帰っても、自宅に着くのは何時になることか。シャワーを浴びて化粧を落として、明日出すためにゴミをまとめて。溜まっている洗濯物は、また今度でいいか……。それに、ここからタクシーに乗ったら、一体いくら掛かるのだろう。そんなことを考えていると、自然に足取りも重くなる。

 

 ふと見上げると、高架線の向こうに眩い光が見えた。光はこちらに向かって近づいてくるみたいだった。電車がやってきたのだとすぐに分かる。

 

 あれ? と思って私は腕時計を見た。いくらダイヤが遅れているといっても、終電が残っているような時間では無かったはずなのに。

 

 さっきあのお店で見たときには、確かに十二時を回っていたはずだった。けれどいま、腕時計の針は十一時五十五分を指している。

 今から走れば、あの電車に間に合うかもしれない。

 

 そのとき私は、さっきの彼の言葉を思い出す。

 

「良いバーテンダーは、魔法が使えるんですよ」

 

 それから最後に飲んだ、シンデレラの爽やかさも。

 

 コートのポケットに手を入れると、何かが手に触れた。取り出してみるとそれは一枚の名刺だった。いつの間に貰ったのだろう。考えてみるけれど、まるで思い出せない。

 名刺には、彼のことなのだろう「フィル」という何の肩書も無い名前と、手書きのメッセージで『また魔法が御入用の際は是非どうぞ』という一文が添えられていた。

 

 それを見て私は小さく笑ってしまう。

 

 もしかすると、彼は本当に魔法使いだったのかもしれない。

 美味しいカクテルを作ることもそうだけれど、きっと彼の魔法は、それだけじゃなくて──

 

 私はヒールを軽く鳴らして、少し軽くなった心のままにホームに続く階段を駆け上がった。

 

 

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スノーホワイト&シンデレラ 水上下波 @minakami_kanami

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