24:15

 

 色とりどりの酒瓶がカウンターに並べられたかと思うと、あっけにとられているうちに、あっという間にカクテルが作り上げられていく。何千回も繰り返した動作なのだろう。止まることも迷うこともなく、それらを混ぜ合わせていく。

 流れるように、一分の無駄も無い動作。それを見ながら私は、ふと、夏祭りの屋台を思い出していた。熟練の技でたこ焼きを焼いている職人さんのような……なんてことを考えたら失礼かしら。

 

 はじめのうちは、注意深くどんなお酒が使われているのかを観察しようと思っていたけれど、途中から諦めた。どうせ見ていたってよく分からないお酒ばかりだし、とても憶えきれるような種類ではなかったから。

 色とりどりの液体を正確に混ぜ合わせる姿は、ファンタジー世界に出てくるような魔法使いのようだ。一般人には理解も及ばない技術によって、不思議なものを作り上げるような。

 

 ほどなく、私の目の前に三杯のカクテルが並べられた。

 色もグラスの形もそれぞれに違う。私は注意深くそれらを観察する。

 

「どうぞお召し上がりください」

 と彼が言う。

 

 その言葉が、ゲームスタートの合図。

 私は軽くうなずいて、順番にグラスに口を付ける。

 

 まずは一番左のカクテル。少し黄色がかったクリーム色のお酒だ。いわゆる普通のコップという感じの細長いグラスに入れられている。

 飲んでみるとミルクセーキのような濃厚さを感じた。けれど柑橘系の香りと、炭酸の軽い刺激もあって、意外と甘すぎない爽やかな味だった。

 

 真ん中は牛乳のように真っ白のお酒で、こちらは足つきで逆三角形のグラス。こういうの、カクテルグラスっていうんだっけ?

 さっきのカクテルよりも度数が高いみたいだけれど、ほのかに甘い生クリームみたいで飲みやすい。かすかにミントのようなハーブの後味もあって、フルーツシリアルを食べたあとのボウルに残った牛乳を飲んでいるときみたいだとか、そんなことを思った。

 

 最後のひとつはちょっと細めのワイングラスのようなものに入れられた、薄黄色のカクテルだった。ストローが刺さっているし、グラスのふちには薄く切られたリンゴの飾りが添えられていて、他の二つとはちょっと雰囲気が違って可愛い感じ。

 アップルジュースが使われているのだろうか、リンゴの風味が特徴的で、フルーツジュースを飲んでいるみたい。三つの中では一番好きな味かもしれないと思った。

 

 ふと気づくと、彼は手にしたナプキンでグラスを拭きながら、興味深そうに私を見ていた。もしかすると、何かコメントを求められているのかもしれない。けれど私はお酒に詳しくも無いし、気の利いたことなんて言えそうにない。

 私は少し考えて「美味しいわ」とだけ言った。

「ありがとうございます」と彼は少し驚いたように微笑んで言う。「それで、正解は分かりましたか?」

 

 その言葉にハッとする。忘れかけていたけれど、これはそういうゲームだった。つまり、仲間外れのカクテルを当てるいうゲーム。

 といってもやっぱりどれが正解かなんて分からない。仕方なく私は、最後に飲んだ右側のグラスを指さす。

 

「これ、かな」

 

 と彼が微笑みを浮かべたまま軽く頷く。表情が崩れないところを見ると、不正解だったのだろうか。

 

「どうしてそう思いました?」

「これが一番美味しかったからよ」

 

 そう言うと、彼は「なるほど」と楽しそうに目を細めた。

 

「不正解かしら?」

「いえ。正解です。失礼ながら、当てられると思っていなかったものですから」

「そうね。実際たまたま当たっただけだもの」

 

 彼がくすりと小さく笑う。それは相変わらず作り物みたいに優雅な表情で、もしかすると彼が表情を崩すことなんて決して無いのかもしれないと思った。

 

「選んだカクテルは、スノーホワイトと言います。白雪姫のことですね」

「ふぅん。それでリンゴの風味がしたのね」

「それから、ほかの二つは、どちらもスノーボールという名前です。雪玉、という意味ですね」

「違うカクテルなのに同じ名前なの?」

「ええ、その通りです。お酒の世界では、こういったことはよくあるんですよ」

 

 バーテンダーというものは、一体いくつのカクテルを知っているのだろうと、そんなことを私は考えた。あらゆるレシピを暗記して、間違わずにお酒を作り上げる。それはまさしく魔法のようで、とても真似できるようなものではない。

 

「ふぅん。面白いわね」

「今日は予想外の大雪でしたから。そんな偶然の出会いに感謝して、雪にまつわる三種のカクテルクイズでした」

 

 彼の言葉で思い出して、私はお店の入り口の扉を振り返る。ここからでは外の様子は見えないけれど、雪はまだ降り続いているのだろうか。スマホをチェックしてみても、電車が動き出したという知らせは入っていないようだ。

 

「困ったなぁ」

「雪のことですか?」

「ええ、まあ。電車も動き出さないみたい。終電の時間はとっくに過ぎてるし、もし電車が来ても凄い人で乗れないかもしれないけど……」

 

 腕時計を見ると、もう針はとっくに天辺を越えて、今日が昨日に変わっていた。

 

「なるほど。そういうことでしたら……」

 

 彼は唐突にそう言って、銀色のシェーカーを取り出す。

 どうしたのだろうと思って見ていると、その視線に気づいたのか、彼が説明してくれた。

 

「勝者へのプレゼントがまだでしたからね」

 

 彼がシェーカーを振ると、カキンカキンと澄んだ音が鳴った。

 やがて逆三角形のカクテルグラスに注がれたのは鮮やかな黄色の液体だった。それからグラスのふちに、うさぎの形に飾り切りされたオレンジを飾る。

 

「シンデレラというカクテルです。アルコールは入っていませんが」

「ありがとう。いただきます」

 

 軽く口を付けると、口の中一杯に爽やかな酸味が広がった。見た目はオレンジジュースのようだけれど、もっとトロピカルな味わい。多分、パイナップルが入っているのかもしれないと思った。

 

「美味しいわ。スッキリしてて」

「ありがとうございます。ちなみにこちらは一息に飲み干すのがおススメですよ」

 

 彼が悪戯っぽくウインクする。私は言われた通り、一気にグラスを傾けた。

 強烈な酸味に、思わず眉間にシワがよってしまいそう。でも、決して不快ではない、爽やかな味。

 

「目が覚めそうね」

 と私が言うと、彼は軽く目を細めて、

「シンデレラの魔法の時間ももうおしまいですからね」

 と言った。

 

 私は笑ってお会計を済ませると、席から立ち上がる。

 彼は丁寧にもカウンターから出て、扉のところまで私を見送ってくれた。

 

「お忘れ物はありませんか?」

「ええ、大丈夫。この通り、靴だってちゃんと履いてるわ」

「でしたら心配はありませんね。どうぞお気をつけてお帰りください」

 

 彼が深々とお辞儀をしてくれる。

 私はそれを見送りながら、お店の扉をくぐって──

 

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