23:00

 

「いらっしゃいませ」

 と声を掛けられて、私は自分が放心していたことに気づいた。慌てて、取り繕うように笑顔を作る。

 

「……あの、ここって、お店ですよね?」

「ええ、そうですよ。Barです。お姉さん、もしかして未成年じゃないですよね?」

 

 そう聞きながら、バーテンダーさんはおどけた様にウィンクをする。キザったらしい仕草だけれど、それほど嫌な感じはしなかった。むしろ彼の容姿も相まって、妙に似合っているようにすら感じてしまう。

 私は肩をすくめて、返事をする。

 

「流石にそんなに若くないわ。雪が止むまで、しばらく居させてもらってもいいかしら?」

「もちろんですよ。御覧の通り、他にお客様はいらっしゃいませんし」

「ありがとう」

「こちらにどうぞ」

 

 彼に案内されて、カウンターの真ん中の席に座る。彼はすぐに温かいおしぼりを手渡してくれた。雪で冷やされた手のひらに、おしぼりのぬくもりが心地良い。

 

「それではお客様、お飲み物はいかが致しましょう」

「そうねえ……。といってもこういうところあんまり来ないから、お酒のこととか良く知らないのよね」

「お任せで何かお作りすることもできますが」

「じゃあ、それにしようかしら」

「かしこまりました。ちなみにお姉さん、お酒は強い方ですか?」

 

 そう言われても私は普段お酒を飲む習慣は無かった。たまの飲み会では付き合いでカクテルやサワーのような甘いお酒を何杯か飲むくらいだ。よく分からないけれど、強いか弱いかでいえば、まあ普通なのかな?

 

「多分、そんなに強いお酒じゃなければ普通に飲める方だと思うけれど……」

「アレルギーや苦手なものはございますか?」

「特には」

「そうですか……」

 

 私の言葉に、彼は顎に手を当てて少し考え込む。それから言った。

 

「それじゃあ、これも何かの縁ですし、ちょっとしたゲームをしませんか?」

「ゲーム?」

「ええ、ゲームです。これから三種類のカクテルを作るので、それを飲み比べて一つだけ仲間外れのものを当ててみてください。見事当てられたら、ちょっとしたプレゼントを差し上げます」

「……外れたら?」

 

 私の顔がよほど不安そうだったのだろう。彼が瞳を細める。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。外れた場合は、普通に三杯分のお代を頂くだけです」

「なるほど」

「さて、どうしますか?」

 

 彼の不敵な微笑みに、不思議と警戒心も解けていった。せっかくこんな店に来たのだから、ただ普通に雪宿りをするだけではつまらない。

 それにもし外れたとしても、よほどのボッタクリ店でもない限り、カクテル三杯くらいなら大した金額にもならないだろう。

 

「いいわ。受けて立ちましょう」

 

 精いっぱいの余裕を意識しながら、私はそう答える。彼は優雅に微笑みながら、小さく一度頷いたみたいだった。

 

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