最終話 憂国の処刑台 後編


「シャルル!!」


 落ちてくるはずのものが、落ちてこない。

 自分とフィリア以外のものが何も動かない。


 きっと、フィリアが何か魔法を使ったのだと気がついたシャルルは、駆け寄ってくるフィリアを止めようと叫んだ。


「ダメだ、フィリア!! 来ちゃダメだ!!」


「そんな、どうして!? あなたはシャルルでしょう!? どうして、シャルルがそこに……そんなところにいるの!?」


 しかしフィリアは止まらない。

 動かない民衆の間をぬって、処刑台の上へ登る。


「ダメだよ、フィリア。いいんだよ……これで。これでいいんだ」

「いいわけない!! こんなの間違ってる……王女は? 王女シャーロットはどこへ行ったの!?」


 泣きながら、フィリアはシャルルを助けようと、シャルルの体を固定する金具を外そうと必死だ。

 しかし、手が震えて、上手くいかない。


「いいんだ、フィリア。これは僕が自分で決めたことなんだ」

「そんな……こんなの、おかしいよ。早く逃げよう……この魔法、少しの間しか————」


 フィリアは、涙をぬぐって彼の顔を見た。

 これから死ぬというのに、彼の綺麗な青い瞳には、一点の曇りもない。


「ありがとう、フィリア。僕を助けようとしてくれて。でもね……」


 それどころか、彼は助けようとしているフィリアに微笑んでいる。


「僕は、姉さんを助けたいんだ」



 その瞬間、フィリアは全てを理解した。


「シャルル……あなたは————」



 シャルルは、王女シャーロットの弟だった。

 弟は、生まれつき頬に痣があったことから、不吉とされ王子として育てられることはなかったが、二人はよく似ていた為、公には存在しない者として、密かに王宮で暮らしていた。

 そして、処刑される姉を逃がすために、魔女のいる美容店を訪れ、二人は密かに入れ替わった。



 集まった民衆の中に、黒いローブのフードを深く被った人がいる。

 フィリアが即位式の前に見たのは、入れ替わったその人だ。



「わかったわ……。それが、あなたの……シャルルの望みなら————」


 フィリアは、シャルルの傷がある左頬にそっと口づけすると、涙をこらえながら処刑台から降りた。


「私、あなたが……シャルルが好きよ!! 天国へ行っても、それだけは、覚えていてね!!」



 フィリアは時間を止める前に自分がいた位置まで戻り、そう叫ぶと、処刑台に背を向ける。




 そして、時間は動き出す。


 涙を流しながら、黒いローブの人物の横を通った時、その瞬間を待ち望んでいた民衆から、歓声が上がった。


 それと同時に、雷鳴がなり雨が降り始める。



 魔女のいる美容店で施した化粧が、雨に流され、その左頬の痣が露わになるまで、シャルルは首をはねられても尚、王女シャーロットを演じ続けた。

 


(ありがとう……フィリア…………)




 その綺麗な青い瞳には、一点の曇りもない——————









− 終 −






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魔女のいる美容店 星来 香文子 @eru_melon

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