魔王討伐後の選択 ~異世界転生からチートで世界を救ったら、王女様から告白されました。どうする?~

鮪坂 康太

伝説は静かに幕を下ろす。

「カイ様……愛しています。私と、一緒になって頂けませんか?」



 鋭い三日月と星が彩る夜空、その下には民家の灯火が幾千にも輝く街、そんな最高の舞台で思いの丈を告げたのは……頬を染めた垣根ない美少女だった。

 流れる白の髪は雪よりも儚なく、雲よりもはっきりと。瞳は夜空よりも明るく、青空よりも鮮烈に。肌は陶器よりも滑らかなのに命の温もりを宿している。

 そしてそれを納めるは、神が趣向を凝らしたかのように整った顔立ちと体躯を持った少女……フェアリ王女だった。


 今から150年以上昔——魔物の侵略により、人類は風前の灯火になっていた。


 そんな絶望的状況の中、最前線に立って人類を支え続けたのは『アーデ』という国だった。当然、そこまでの偉業を重ねたなら人間の中でトップに君臨する。

 現に——自分が召喚され、魔王を討伐する2年間の間もずっと戦い続けていた。そんな誇り高い王族の血を引く女性が、目の前にいるフェアリ・レンビィ・フォン・イリアス王女である。


 血筋だけでなく、彼女自身も気高く強い。

 自分達に対する周囲への反対や批判も、自らが最前線に立って真っ向から否定し続けてくれた。異世界から召喚された……異物とも言える自分に全幅の信頼を寄せ、援助してくれたのだ。


 そんな彼女、フェアリ王女からの告白を受けるのは——異世界に勇者として召喚され、ついに魔王を討伐した私——辻本可偉つじもとかいである。






 きっかけは単純だ。

 今や現代の娯楽で腐るほど溢れている異世界召喚、トラックに轢かれたと思ったら王様の前にいて勇者任命を受けたというアレだ。

 陳腐過ぎて泣けてくるが……まあ、今はそのまま召喚よりも悪役令嬢に生まれ変わる方が強いらしい。


 生まれ変わったのに『悪役』って意味が解らない?

 ああ、俺もそう思うぞ。


 自分の行動次第なら『悪役』は覆せるし……むしろ『令嬢』とされる分、庶民や平民に生まれるよりも大きなアドバンテージがあるように思う。そいつの異世界での前世は、それよりも大きな理不尽に晒されていたのだろうか?



 閑話休題。



 いや、今はそんなことどうでもいい。

 自分は前者——トラックに轢かれたかと思ったら、異世界に召喚されていたクチだ。そこからの内容も、分かる人には刹那で分かる展開だろう。


『魔王に脅かされている世界を救ってくれ、勇者よ!』


 アホか、と返したくなるが簡単に断るのは間違っている。

 何せ自分にはいわゆる、『チート』と言えるような力が備わってしまっているのだから。そこに召喚された瞬間から理解できてしまった——自分がそのためにここに呼ばれ、そのためにこんな力を持たされてしまったということを。


 百聞よりも分かりやすい、脳に直接刻まれたとでも言えるほどにはっきりとした情報が存在していた。

 別にそれを成すことに異議はない。

 そんな無茶難題だからこそ『チート』を持たせてくれたわけだし、理不尽かつ無秩序に悪意の暴力に晒されている人を見て見ぬふりなど御免だ。


 自分は、力弱くても懸命に生きる人々を助けられるなら助けたい。

 それが出来るなら、陳腐で馬鹿にされるような展開でも喜んで戦おう。




「……あの、カイ様?」

 呼びかけに意識を戻すと、星月の天然の光と人工の民家の光に照らされた王女がこちらを覗き込んでいた。

 今いるのは王城の展望台、空も大地も見渡せる最高の場所……どんなリアリストも雰囲気に酔わせられるような場面と場所だった。


「ひょっとして……魔王討伐の疲れが癒えていなかったのでしょうか? それならば遠慮なく仰って下さい。私が上手くやりますので、すぐにお休みくださいね?」

 他者へ対する気遣いも一級品、これが人類を支え続けた末裔である。


「いえ、問題ありません。何といいましょうか……自分のような、異世界から来た異端者が、フェアリ王女殿下の愛を耳に出来る資格などあるのだろうか、と思ってしまいまして……」

 出来るだけ、遠回しに言ってみるが……

「謙遜なさらないで下さい、カイ様。あなた様は魔王を討伐し……その道中に世界の国々も救ってくださいました。むしろ……あなた様のお隣に立つには、私が精進せねばなりません」

 自身を下げて相手を持ち上げる。そして自分の要求を通そうとする。


 交渉の基本ではあるが、それだけに効果は絶大だ。特にこの異世界では、何をどうやってもフェアリ王女のほうが優位に立っているに違いない。

 たかだかこちらにきて2年程度活躍した勇者。150年以上世界を守った血族で、生まれた時からその任を守り続けた王女。どちらを信ずるかなど決まり切っている。


 どうやら、向こうから断ってもらうのは難しいらしい。


 誤解がないように言っておくが、自分は決してフェアリ王女を嫌っているわけではない。彼女の親類や血筋も嫌悪していない。

 むしろ尊敬している。

 当たり前だろう、人類の存続のために最前線で戦い続けた——それを子々孫々150年以上——尊敬と畏敬以外の感情を抱けるはずがない。この偉業に対して嫌悪や疎外の感情を向ける者がいるとすれば、そいつこそが人の社会から放逐されるべきだ。


 彼女自身もその偉業と苛烈な道から逃げなかった。だからこそ、自分たちの魔王討伐は成功したと言っても過言ではない。


 では、そんな女性の告白を遠ざけようとする理由は何か?


「……申し訳ありません。一晩だけ、整理する時間を頂けませんか?」



 簡単にして単純至極、逆立ちしようと自分は……フェアリ王女に相応しくない人間だからだ。








「カイぃ……うぁ……」

「……」

 問いかけには応えず、声の主をいつものように刺激してやる。

 すると艶めかしい声が寝室に響く。


 隣室にも響きそうだが、ここは王城でも特級の寝室だ。音漏れの心配はないだろう。しかも自分が持っているチートの一つ、『遮断』によりこの部屋の音を外部に漏れないようにしている。

 もしもこれを聞くことが出来るなら、自分達に気付かれないようにこの一室に侵入する。またはどんな妨害も無視して特定の音を拾える、そんな特技がなければ不可能だ。


 どちらにしても、自分達が打ち倒した魔王以上の能力が必要となるに違いない。



「……カイ様? 何か心配事でも?」

 はっとして目を向けると、自分が相手をしていた者とは別——今宵最初に交わり、抱き倒した商人が心配そうに目を向けていた。豊満な曲線を描いた肢体が、惜しげもなく晒されている。

 今抱いている……武道家の相手をしている間に復活したようだ。


「ふふ、ふひ……カイ様……いつも、みんなのことを、考えてくれている」

 キングサイズのベッド、その隅の方から違う声がかかる。

 商人とは対照的に細く小さい、膝を抱えて座っている体勢でも分かる少年のような線を描く体躯、吃音がある喋り方——魔法使いだ。

 この部屋に招いた時に決めた順番通り、律儀に待っていてくれている。


「そんなことは百も承知です。ですが、愛しい方が思い悩むなら……少しでも力になりたいと……」

「わ、分かる……私も一緒、だ、だって……私達は一心同体だから、ふふふ……」


 自分を思いやってくれる、商人と魔法使いの心が純粋に嬉しい。


「か、カイ……悩みや考え事があるなら……何でも言ってくれよ……」

 さらに、自分に組み伏せられている武道家——商人によりも大柄、だが適度にしっかりと引き締りネコ科の猛獣を思わせる体つき——も自分を気遣ってくれる。

 武の極みと言わんばかりに鍛え上げられ、よく見れば所々に傷跡が残っている。そんなしなやかかつ逞しい体……それ以上に頼れる性格と口調の武道家が、こんな状況で自分を思いやってくれる。

 ふつふつと名状し難い感情、いや欲望が昇ってきた。



「ぅあ! ぁぁぁああああああああああああああ!」



 その欲望のまま、武道家をさらに攻め立ててやる。


「心配ないよ。みんなも気にしないで」

 全ての不安も迷いも振り払うように、ひたすらに行為に没頭する。それ自体に今更何の疑問もない。

 何故なら旅立ってしばらくすると、すぐにこういう関係になったからだ。








 思い返してみると当然だったかもしれない。

 ともに苦楽を分かち合う旅をし、時に支え合い、ぶつかり合い、手を取り合って困難に立ち向かい続けるのだ。

 心を理解し合って一緒に歩くのに時間はかからなかった。


 こうして、身体で繋がるのも自然だった。


 いつも自分と共に最前線を戦ってくれる武道家。

 自分達の旅を、生活を支えてくれる縁の下の力持ち商人。

 魔法という超常の力で援護を、時に敵を一掃してくれる魔法使い。



 惹かれるな、関係を持つな、というほうが無理難題に思える。

 それでも全員と関係を持つという不誠実を犯すのは、自分自身も許されざることだという自覚はある。だが欲求は……特に日々命懸けの戦いを潜り抜ける日常での欲望は、理性を容易く凌駕する。

 当初は一人一人と、順番かのように関係をもっていった。その後に罪の呵責に耐えられなくなり、軽蔑も離別も覚悟の上で自分から告白したのだが……



「何だよ……仕方ねぇ奴だな。まあ、正室ってのは譲らねぇけどな?」

「考えることは同じですね? 私は根っからの商人気質でしてね、『利』を譲る気はありませんよ?」

「ふ、ふへへ……私、私は何番でも、いい。けど、一番にしてくれるなら……何でもする」



 ここは異世界、文明レベルで言えば中世ごろか?

 強さに地位も約束された男が、複数の伴侶を囲うこと——いわゆる正室と側室の概念——に抵抗は少ないらしい。


 そんなこんなで自分を巡る……『ハーレム』とでもいうものが形成されたのだ。




 フェアリ王女……自分は、こんな状況を作る最低の男です。

 到底あなたのような、純粋で気高い女性には相応しくありません。


 心の中でのみ、先程思いの丈をぶつけてくれた女性に謝罪する。


 そう、自分は弱くどうしようもない。

 こうして今も肉欲に負け、それを貪り続けているのだから。








 だから、自分は去ることにした。

 向こうからも断ってはくれそうにない。それに正直に言ったとすると彼女の名に傷がついてしまうかもしれない。

 魔王討伐の旅の最中でも淫蕩を犯し続けた勇者、それと一緒になったなどと後ろ指を指されるなど耐えがたい屈辱だろう。


 武道家、商人、魔法使いと行為を終えた後の朝日……それはいつでもどんなときでも眩く、しかし熱すぎず寒すぎもしない距離に構え、全能の恵みを与えてくれる。

 こんな当たり前だが、それでもなくてはならないことに尊さを覚える。


「おーい、本当に何も言わずに行くのかぁ? 勇者様よぉ」

「もう、決めたことだから」


「私は……『これ以上ライバルが増えない』という利益を得るから構いませんよ?」

「茶化さないでくれよ」


「ふひ、ふひひ……カイ様と一緒なら、どんなとこ、でも、いい」

「ありがとう、代わりに幸せにするよ」



 武道家、商人、魔法使い、全員と今日この国を出る。

 他の誰にも知らせずに、知られずに、自分たちは伝説のみの存在になろう。


 自分の、わがままで——



「なぁーに暗い顔してんだよ! 俺らにとっちゃ、お前がいるかどうかが全てなんだぜ?」

 こちらの背丈を超える巨漢から頭を撫でてくる武道家。

 背丈だけではなくその身に詰まる筋肉の密度は、自分が一番よく知っている。その腹筋に胸筋、男なら誰もが憧れるその肉体を堪能しつくせる自分は幸せ者だ。


「今更迷わないで下さいよ。私達は旅立った時から……覚悟を決めております」

 笑顔で、年上の包容力に満ちた笑顔で返してくれる商人。

 全体的に丸いフォルム、ふくよかさの象徴とも言える身体に癒され続けたのは自分だ。男性なのに女性顔負けのバストにヒップ、武道家とも魔法使いとも違う。


「わ、私は、元からボッチだから……何も気にしないで、カイ様」

 女性のように長い髪、そこから瞳だけをのぞかせる魔法使い。

 成人済みのはずなのに少女のような小柄で緩やかな体躯を描く、そのくせ股間に座す物は誰よりも剛直で猛々しい。それは昨夜も最後に自分を攻め立て、啼かせてくれた。



「……行こう、みんな。『魔王討伐』は終わったんだ」

 自分の言葉に、全員が頷いてくれた。




 全ての、何百年何千年と変わらずに照らし続けてくれた朝日——その光の中、歩み出す。武道家も商人も魔法使いも、誰もが振り返らなかった。

 そんな中、裏切りとは分かりつつも、自分だけは一度振り返った。


——フェアリ王女、申し訳ありません。

 あなたの気持ちにお応えすることは出来ません。何故なら……あなたは『女性』だからです。

 自分は、『男性』しか愛することが出来ない男なんです。許してください、などとは言いません。




 誰が知ることもなく、異世界に転生させれられた勇者の、男達の伝説は——幕を下ろす。

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