第3話 自ずから君は輝く

『新社会人特集』そんなテロップが掲げられた映像には、女性アナウンサーとスーツ姿の若者、そして新緑に染まりゆく葉桜が映されている。鮮やかに薄紅を散らす満開の桜は勿論好きだけれど、以前の私は彩りの増す葉桜にも、なんとも言えない魅力を感じていた。

 けれど、先の見えない今となっては、季節の移ろいに追い立てられているかの様な、そんな不安と焦燥が掻き立てられるばかりだった。


 相も変わらず横になって眺めていたテレビから目を逸らすと、気付けばテーブルを挟んだ向こう側で、恵もクッションを抱えて寝転んでいた。


「そういえば、私はどこで寝れば良い?ここに布団敷いて寝て良いの?机とか退かしちゃって」


 昨日まで一人暮らしだった事もあって、目の前の机はそれ程大きくない。一人でも移動させるのに苦労はないだろう。

 出来るだけ迷惑を掛けたくはないが、私はまだ、恵が普段この家でどの様に過ごしているのかを知らない。私としては、某猫型ロボットの様に収納スペースで寝るのでも構わないが、そんな事を言い出せば逆に恵を困らせるだろう。


「うん。というか私もここで寝てるしね」

「あ、そうなんだ」

「私は仕事で寝るの遅くなる事もあるから、その時は先に寝てて」

「はーい」


 返事をして、今更ながらに思う。そういえば恵はどんな仕事をしているのだろうか。

 以前、彼女自身からフリーランスでネット関係の仕事をしていると聞いた事があるけれど、あまり聞いて欲しくなさそうだったから、深く中身を聞きはしなかった。勿論今でも、彼女の意思に反して聞き出そう等とは一切考えてはいないけれど、それならそれで確認しておきたい事があった。


「向こうの部屋が仕事部屋……なんだよね?」


 指差したのは、玄関とリビングダイニングを繋ぐ廊下の方向。正確には、玄関に入って直ぐにある部屋だ。最初はそちらが恵の寝室なのかと考えていたけれど、今の話からしてそうではない様だから、消去法である。


「そうだね。仕事部屋兼、趣味部屋みたいな感じかな」

「なるほど」


 私が来る事が決まってからそうなったのか、元々そうなのかは分からないけれど、やけに物が少ないのはそちらに色々と置いてあるからなのだろう。

 ──それはともかく。


「向こうの部屋、あんまり近付かない方が良かったりする?」


 そう本題を切り出せば、一瞬、なぜそんな事を言うのかと言う風に首を傾げ、けれど直ぐに得心が行った様で、『あぁ』と声を漏らした。


「ううん、というか、そんなに気を使って生活させてたんじゃ、何の為に家に呼んだのかわからないじゃん。それに、一緒に住むからには仕事の事、説明しとこうと思ってたから」

「そうなの?」

「そ、今までちゃんと話した事なかったでしょ?」

「うん」


 説明、と言ってもプログラマーやエンジニアの様な専門的な仕事であった場合、大して理解出来る事もない気もするけれど、話してくれると言うのなら、それを断る理由もない。元々興味自体はあったのだから、尚更だ。


「んーとねぇ、ちょっと待って。見てもらうのが一番早いから」


 そう言いながら、恵は起き上がってスマートフォンを弄りだす。

 口頭で簡単に説明するものだと思っていたけれど、わかりやすく絵や動画を見せてくれるという事だろうか。


「これ」


 恵に合わせて身体を起こすと間もなく、そう言って卓上に差し出されたスマホの液晶に表示されていたのは、私も良く知る動画投稿サイト、howtubeの動画閲覧画面。

 然し予想を裏切って、それは職業紹介動画という様相ではない。


「これって──」


 ヌルヌルと、滑らかに動く白髪の少女が、体を揺らし、赤い双眸そうぼうを瞬かせ、穏やかな表情と聞き覚えのある声で、画面上に設けられた枠上を流れていくコメントとやり取りをしている。ライブ配信がそのまま動画として残ったものを、再生しているらしい。


 それだけであれば、ありふれたhowtuberの動画の様であったけれど、しかし、それ等とは明らかに違う点がある。

 それは、あたかも生きているかの如く動くその少女が、明らかに生身の人間ではなく、漫画やアニメの様なイラストである、という事だ。


 そういうものがある、という事だけは知っていた。私自身漫画は勿論、恵に勧められてアニメを視聴した事もあるから、そういったモノに抵抗がある訳ではなかったけれど、そもそもhowtuberの動画自体殆ど視る事が無かった為に、詳しく知る機会に恵まれなかったのだ。


「えーっと、なんて言うんだっけ?」

「Vtuber、ね」


 首を傾げていると、直ぐに助け舟が出された。そうそうそれそれ────ってそうではなく。


「この声」


 スマホから恵に視線を移せば、彼女はコクリと頷いた。


「うん、私」


 意外、ではなかった。

 この友人が、私では想像もしなければ、なれるとも、なって上手くやれるとも思えない事を仕事にしているというのは、私にとって何ら不思議な事ではなかったからだ。

 Vtuberというものに対する認識があやふやでさえなければ、はっきり彼女らしいとさえ感じたのかもしれない。


「あ、猫耳」


 恵の声を発する白い少女をよくよく見れば、尻尾が揺れていたり眼の形も猫っぽかったりと、猫をモチーフにしたキャラクターだとわかる。


『そういえばこの間友達と映画見に行ったんだけど、あの、今凄い流行ってる奴。そう、それそれ。皆よく覚えてるね。あ、覚えてるにゃぁ。

 で、その映画の話なんだけど。──え、思い出した様に"にゃ"って言うな?いや、だって実際今思い出したし』


「にゃって言った」

「うわっ、見せる所間違えた。普段殆ど言わないのに」

「ふふっ、いや、可愛いし似合ってると思うけど」

「うるさいなぁ」


 照れた様子でスマホを取り上げた恵の珍しい姿に、悪いと思いつつも少し嬉しくなる。動画の中の彼女が非常にリラックスした様子だった事実も、それに拍車をかける。

 恵であれば心配は要らないと予想はしていたけれど、この特殊な職業を苦にしている様には見えなかった。人気商売であり仕事である以上は、楽しい事ばかりではないだろうけれど、自然体でいられるのなら、恵は大丈夫だろうと安堵する。

 我ながらどの立場から物を言っているのかと、呆れてしまうけれど。


 やっぱり、恵は凄い。

 当たり前に立ち、当たり前に進む。目の前の旧友が私には目が眩む程に眩しく見えた。


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気力なくして友人に拾われたら友人がVtuberだった 目白一重 @tyuunibyouislife

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