彼は、海外の仕事のことを覚えていなかった。ほっけこんこんと呟いていたことも、覚えていない。


「狐の化け物にとりつかれたような感じ」


 そう言っていた。


「でさ。ここに帰ってきたら」


 彼。ごはんを食べ終わって。


「君がいてさ。急にライターとかオイルで火をつけはじめるの。で、それを窓の外に投げ捨ててさ」


 花に水をあげる準備をしている。


「窓の外にライターを投げたのに、部屋のなかが燃えてさ。狐と炎って、何か関係あるのかな」


「狐火?」


「あ、そっか。そんなのもあるのか」


 彼が、部屋を出ていく。


 わたしも、彼のごはんを食べ終わって。カプチーノを淹れながら、窓辺に移動する。いつもの水鉄砲も準備。


「おはなに水をあげます」


 そう言って出てきた彼に。

 水鉄砲を撃ち込む。


「つめたいっ」


 水鉄砲を避けながら、彼が楽しそうに、おはなに水をあげている。


 自分も、水鉄砲で参戦した。


 やっと。戻ってきた。わたしの日常。普通だと思える、日々。彼と一緒にいる。


 窓の外。こちらの水鉄砲の攻撃で、地面がまばらに濡れはじめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花と水鉄砲、狐火覚まし⚓ 春嵐 @aiot3110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ