05
窓の外を見たら、地面が濡れていた。
それだけで、彼が来たことが分かって。わくわくしていた、あの頃に。戻りたくても、もう、戻れない。
「ごめんね。一緒にいるからね」
彼が、さびしくないように。わたしも、同じところへ行くべきだろうか。彼は、もう。生きていない。死んでもいない。夢と幻想の狭間のような、どこか分からないところへ、閉じ込められてしまった。
さっきまで彼だったものを抱きしめて。じっとしていた。
窓の外。
小さな動物が、入ってきた。
狸。ちいさくてかわいい。
こちらに、ちょこちょこと歩いてくる。
そして。
「ぽんっ」
人の形になった。
「ごめんなさい。遅れました。街の者です」
狸が、人になって、喋っている。
「わたしも、おかしくなったかな」
これで。彼と同じところに、行けるのだろうか。
「いやいや、あのあの。わたし。正常です正常。狸です狸」
人が狸になって、また、人になった。
「これを」
人の状態で、何か渡してくる。
「増援がもうすぐ来ます。わたしだけ狸で足が速いので、先に持ってきました」
渡されたのは。ボールペン。
「これで、彼にとりついているものを祓えます。彼には、狐の霊がとりついてて」
ボールペン。狸のほうに向ける。
「あひい。こっちに向けないでくださあい」
狸。こわがって縮こまる。
「なんなの。このペン」
「こわいやつです。地球が壊れるぐらい、こわいやつです」
その言葉で。
我に返った。
「あなた。名前は?」
「わたしですか。ましゅです。ましゅまろのましゅです」
「嘘ね」
思い出した。攻撃担当の、街の正義の味方に。真朱という、狸がいた。
「これが。地球を破壊できる爆弾」
掌の、ペン。
「使い方は?」
「ペン先をノックすれば大丈夫です」
いちおう、もういちど。ペンを真朱のほうに向ける。
「ひいあ。だから、こっちに向けないでくださあい」
おびえている。
そのしぐさで、どうやら、本当だと分かる。
「待っててね。いま戻してあげるから」
ついさっきまで彼だったものを、抱き起こして。
額にペンをあてて。
ペンのヘッドを、ノックした。
狐の鳴き声。
彼の。
閉じられた目が。
ゆっくりと。開く。
「おはよ」
「おはよう」
「おなかすいたなあ」
「ごはん。作ってないわ。あなたが作ってよ」
「うん。わかった」
彼。さっきまでのことが嘘みたいに、けろっとしている。
「ん。どしたの?」
「ううん。なんでもない。なんでもないわ」
彼が。戻ってきた。
それだけで、よかった。他は何もいらない。
ペンを、狸のほうに転がす。
それを、狸が、おっかなびっくり、拾った。
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