(8)

「いいなぁ、俺も初回上映、観たかったよ」


 文化祭が始まって一時間余りが経ち、校内はどこも混雑していた。隣を歩く直夜の言葉も耳を傾けていないと雑踏の中に紛れてしまいそうだ。智文は物珍しいものがないか周りをキョロキョロ窺いながら、少し大きめの声で話す。


「まあ、しょうがないでしょ。それよりどうだった、テニス部のみんなは?」


「すごい心配してくれてたみたいだね。退院してから一応連絡はしたんだけどさ、部活には参加できてなかったし、直接会いに行く暇もなかったから」


 顔に後悔の色を浮かべ、直夜は申し訳なさげに呟いた。


 開会式が済んで教室での円陣を終えた後、直夜はテニス部の部員がいるクラスを回って挨拶をしてきたそうだ。足の怪我があって練習には出られず、退院してからは文化祭の準備で忙しかったため、顔を合わせてお詫びする機会がなかったらしい。別にそこまでしなくても「今は退院して何時何時から部活に参加できる」という連絡さえしておけばいいように智文は思ってしまうが、そこは律儀というか人間が違うというか、ちゃんとしておきたいという直夜の人柄が表れた行動である。


「部活、そろそろ出られそうなのか?」


「まだ何とも言えないんだけどね。痛みはだいぶ引いてきてるから、文化祭が終わって部活動が再開したらちょっとずつ慣らしていこうと思う」


「無理はしないでくれ。早く練習したい気持ちはわかるけど……」


 大会までもうあまり日程がなかったはずだ。足の状態を確認し、早く勧を取り戻したいと焦るのは当然である。しかし、ここで無理をして怪我を悪化させてしまっては、今だけでなく今後の活動にも甚大な影響が出てしまう。


「大丈夫だ。決して無理はしない。お医者さんと顧問の先生によく相談しながら地道にやっていくよ。それにここで足悪くしちゃったら、走らないように配慮してくれた智ちゃんたちに申し訳が立たないし」


 直夜は微かに笑い、文化祭の全出し物の内容や場所が記されているパンフレットを開いた。


「それより、今は文化祭だ。智ちゃん、どこか入りたいところない?」


「そうだな。何かあるかな」


 先ほどから辺りを見回してはいるのだが、がっつりと昼飯を食べるのにはまだ早いし、男子に女装、女子に男装させた状態で接客してくるカフェとか入りづらいし、お化け屋敷からは悲鳴が聞こえてくるし、あとなんだあの教室の前で戦隊ヒーローの格好をした連中は? もはや何の出し物なのかわからないぞ。


「特に他のクラスの出し物とかチェックしてなかったからな。どこで何やってるか全然わからない」


「ははっ、そうだね。クラス以外にも部や有志の発表もあるし、二日間で回るとなると結構大変かもね。あっ、でも俺、明日はいくつか行く場所が決まってるんだ。だから、今日はそれ以外だとありがたいかな」


「あー、部活の人たちと回るのか」


「それもいいんだけどね。今年は違って……」


 直夜は視線をパンフレットに向けたまま、顔を紅潮させて呟いた。


「透華ちゃんと一緒に回るんだ」


 恥ずかしそうにしながらも喜びを隠しきれていない。そんな幸せな表情を見て、智文はついつい野暮なことを訊いてしまう。


「マジかよ? いつ約束したんだ?」


「みんなで病院にお見舞いに来てくれたでしょ? 智ちゃんたちが帰った後、透華ちゃんがもう一度病室に来て、そのときに透華ちゃんのほうから『文化祭、一緒に回ろう』って誘ってくれたんだよ」


「あのあと、そんなやり取りがあったのか」


「俺を励ますために言ってくれただけかもしれないけどね。でも、それでとりあえず明日一緒に行動することになった。少しは関係も進展したのかな」


 パンフレットを一旦閉じた直夜は、晴れやかな顔でこちらに提案してくる。


「智ちゃんも陽菜乃ちゃんを誘ってみたら?」


「いや、それは……」


 正直なところ、どうなんだろう。仮にこちらから誘ったとして、陽菜乃は受け入れてくれるのだろうか。「なに言ってるの」とか言われて、断られるのがオチなのではないか。


 ――文化祭、一緒に楽しみましょう。


 今朝の陽菜乃の素敵な笑顔と真っ直ぐな声が再生される。


 あの「一緒に」はどこまで含まれているんだろうな。そういう「二人で一緒に回る」的なことまで許容されているのだろうか。


 わからない。まあ、それでも。


「一応、検討しておく」


「そうそう。すぐに計画してぜひ行動へと移してくれ。文化祭明日までだしね」


 智文のはっきりとしない優柔不断な返事にも、直夜は呆れずに的確な助言をくれた。


「あとで予定訊いてみるか」


 ポッと熱くなっていた頬を掻きながら、湧き上がってきた恥ずかしさを誤魔化すように智文はぼそぼそと呟く。


 そして、逸れていた話を再び元へ戻した。


「そういや、どこか入るんだっけ?」


「あっ、そうだったね。どう? パッと見て、興味を惹かれるのはない?」


「そう言われてもな」


 困って何となく見渡した視線の先、智文は一つの教室に不思議と目が留まった。


「あのクラス、何やってるかわかるか?」


 智文が指を差すと、直夜は持っていたパンフレットを再び広げ、そこに描かれた会場案内図と照らし合わせて出し物の内容を確認する。


「えーっと、あそこは……おっ、演劇をやるみたいだよ」


「演劇か。いいかもしれないな」


「昔話『桃太郎』のパロディらしい。『鬼退治に行くのに、イヌ、サル、キジだけでは心許ないと思ったことはありませんか? ご安心ください! わたしたちはクラスのみんなでいろんな役に扮して鬼ヶ島へ向かいます。多勢に無勢! 鬼は涙目? 笑いあり、涙あり(?)の全員参加型現代版桃太郎、ここに爆誕!』だって」


「面白そうだな。もしかしたら、賞を争うことになるんじゃないか」


「そうだね。強力なライバルになるかもしれない。よし、じゃあ観に行こう」


 意見が一致して二人は劇場へと向かう。




 教室の前では、公演を待つ大勢の人たちがわくわくしながら行列を作っていた。


 映画『インタラクション』にまったく引けを取らない盛況ぶりに自然と胸が高鳴る。




 この先には、いったいどんな世界が待っているのだろう。


 そこでは、いったいどんな物語が繰り広げられるのだろう。




 智文たちは希望に満ち溢れた未来を想像しながら、長く伸びた列の最後尾に並んだ。






                 (了)

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インタラクション 遥石 幸 @yuki_03

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