プロローグ② いらっしゃいませ

 さて困ったと私は新築のカフェの前で予期せぬ来客と向き合っていた。

「ここを明け渡せ」

 相手は野太い声で言う。最近では珍しい、自分の威圧感で押し通してくるタイプらしい。

 それもそうか。相手はこのあたりの妖怪の頭領。

「ここは私の土地ですので」

 生憎、私は大層な肩書きに物怖じするだけの良識は持ち合わせない。

「ふん。没落した家の残した土地がそれほど大事か」

「あら。ならどうしてあなたはこの土地にそこまでご執心なのですか?」

 くすくすと笑ってやる。当然相手は凄む。

「女狐が。くだらん問答を続けるつもりなら、こちらにも相応の用意があるぞ」

 相手は肩を怒らせて、思いきり背伸びをする。すると文字通り、背丈がぐんぐんと伸びていく。

 見越し入道。見上げれば見上げるほど、どんどん大きくなっていく妖怪。私はそのくらいの知識しか持っていない。

 なるほどこの巨躯に踏み潰されれば、せっかく建てたカフェなどひとたまりもないだろう。

 困った困った。

「ぶへぇっ」

 いきなり、ひとりの女性が空から降ってきた。

「な、何……? あれ? 目が――」

 彼女は数度ぱちぱちとまばたきをして、その目で真っ直ぐに私を見つめた。

「え――」

「あら。いらっしゃいませ。今日オープンなんですよ。よかったらコーヒーでも」

 私は笑顔を浮かべて彼女の手を取る。

「え? あっ、はい? ところでここ、どこですか?」

 私は立て看板を指さす。

『Café』とだけ書かれているその先には、新築ぴかぴかの私の店。

「取り込み中に何を喋っておる!」

 見越し入道が怒鳴り、私の店を踏み潰そうと足を持ち上げる。

「ところでお客さん、あちらの方はどう見えます?」

 私は初めてのお客さんにそう訊ねた。

「どうって、お坊さん、ですよね」

「どんな?」

「は? いや僧衣を着て、頭を丸めた、身なりのいい――というか、わたし、なんで目が見えて……」

「身長は?」

「え? 

 失礼しましたと頭を下げて、逆に恐縮されてしまう。

「馬鹿――な――」

 見越し入道は呆然と立ち尽くしていた。

 いや、正確には、僧衣を着て、頭を丸めた、身なりのいい、一般的な成人男性の身長のお坊さん――と言ったほうがいいかもしれない。

 そういえば、見越し入道を撃退する方法に、伸びていく背丈に惑わされず、逆にこちらの視線を下げていき、「見越し入道見越した!」と叫ぶものがあるという。

 だけど彼女はその手順すら踏んでいない。

 ただ、見えたものを見えたものとして口にしただけ。

 彼女には最初から、見越し入道が僧衣を着て、頭を丸めた、身なりのいい、一般的な成人男性の身長のお坊さんに見えていた。

 私は来たるべくして来店した初めてのお客さんを店へと招き入れる。

 これで、やっとこのカフェを開店できる。

 私の、あやかしカフェを。

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あやかしカフェの常連客 久佐馬野景 @nokagekusaba

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