第27話 涙、枯れゆくままに


――私には誰にも負けない強い心がある。無力だと思っていたけど、あの帝王さえも唸らせた力が、私にはあった。

 たくさんの魔力が次々と体を突き抜けていって、焼きつくされそう。でも最後まで耐えて見せる。


 器のために、魔法で縛られていた魂たちも、次々と解放されて光になって行くのが見える。星が流れるようでとても綺麗だ。


 天空の魔法陣も、金色に呑まれていく。

 

 フレイアとローウィンの目が合う。


 ――私が死のうってしてるって心配してるのかな。違うの、私は命を捨てはしない、もう決してそんな事は願わない。

 使い道を見つけてしまっただけ。だから私の選択を見守って欲しい。



 さようならみんな、さようならこの世界。

 私を愛してくれた、私の愛するすべてに。

 今までありがとう。



 ――この世界に来られて、本当に良かった。




 最後に、少女の左手の指にはめられた、契約の印がはじけ飛んだ。




 静寂が世界を支配する中、ディルクが塔にのぼり、力尽きた少女を抱きかかえて降りて来た。


 アルタセルタが、少女の唇を優しくぬぐった。強引に奪われた唇の、穢れを祓うように。


 古代魔法が完全に無効化されるまで耐えきった心だけど、体はそれを支え切れるほど強くなかった。彼女は随分前から衰弱してしまっていた。体温を失った体は静かに横たわったまま。


 すでに魔法が消えさって効力をうしなった護符のペンダントを、コーヘイは少女につけてやる。彼女を守りたがっていた不器用な孤高の魔導士の秘められた心を届けるように。


 それからぎゅっと抱きしめた。


 頑張ったね、一人で本当に頑張ったね。

 やっと思いっきり抱きしめられた。抱きしめ返してはくれないのがすごく悲しい。


 涙が雨のように石畳を濡らし続ける。



 はやく連れて帰ってあげよう、みんなのところへ。



◇◆◇



 葬儀は、ひっそりと行われた。


 あの日何があったのかは、一部の者にしか伝えられなかった。分解の魔法は完全に秘密とされ魔導士団の所有する秘中の秘を記す書物に、そういうものがあったとわずかに記載されるに留まる。


 本当なら国葬をしてもいいぐらいの業績だが、彼女がそんなものを望んでるとは思えなくて、親しい人たちだけが集められた。


 この国では、未婚の女子が亡くなった時、花嫁衣裳で荼毘に付す風習がある。女の子の人生で、一番の晴れ着を着せて送ってあげたいという家族の心から生まれた。


「フレイアはお嫁に行ってません! あんなの結婚じゃない」

 話を聞いたシェリが、怒りながら主張した。いつもののんびり口調も吹き飛ぶ、怒りっぷりだ。


 マンセルが大嫌いな兄貴を拝み倒して、実家の店で扱う花嫁衣裳の中から、一番似合いそうな一着をもらってきたので、それが着せられることになった。

 白いふんわりとしたドレスに、レース糸で編まれた小花がたくさん縫い付けられていて、さながら白い花畑に埋まっているようだ。黒髪とのコントラストも美しい。


 女性陣にこれを選んだセンスを褒められて、マンセルは満足げだ。


 アルタセルタが、心をこめて化粧を施した。少し大人っぽく仕上げてあげた。


 登録局のエリセ、シェリ、ローウィン、マンセルと、セリオンとコーヘイ。

 秘密の王の名代として貴族の子に扮したキース王子、その護衛として近衛兵のディルク。

 そしてアルタセルタが居並ぶ。


 そのほかクローディアの二人の子供が、母が世話になった人だからと来てくれていた。他にも数人、彼女を慕う人達の姿。彼らには、死因は病死と伝わっている。



 信仰があればその宗派の神官が行うが、無宗教の場合は魔導士が葬儀を取り仕切るから彼女は魔導士葬となる。



 名前を失ってしまっていたので、名付けの儀式から始められる。本来、子供が生まれた時に執り行われる儀式だ。今のままでは名前がないままになってしまうので再度、魂に名前を紐づけるのだ。あくまでそういう儀式であって、要不要でいえば無くてもいいものなんだろう。

 でも彼女にとっては本当に宝物だったはず。ちゃんと返してあげたいと思った。


 続けて、葬儀がはじまる。父親や男兄弟がいれば、その者たちによって、右手の薬指に来世で幸せと繋がる事を願って指輪がはめられる。そういう家族がいない場合は、式を執り行う魔導士が授ける。


 この式は城下街の片隅の、小さな礼拝所で行われており、そこを管理する市井の魔導士によって行われている。質素な式に相応しい質素な装いの魔導士が、丁寧にフレイアを送り出してくれていた。

 指輪をはめるとき、フードを深くかぶった魔導士が泣いていたように見えて参列者の多くが怪訝な顔をしたが、一部の参列者は魔導士の正体を知っていた。


 キース王子は幼いながらも、何かを感じ取っているようだ。無邪気な子供ではない強い眼差しで、横たわる少女を見やる。

 王子が棺に捧げ入れる一輪の百合と共に、『救世の女神』の称号が与えられる。


 本来、この国の苦難を救った女性に捧げられる称号の最高位は『救国の聖女』なのだが、第一王子アリステアが、妃以外がそれを名乗る事を許さないと拒否したため、新たな称号がフレイアのために新設されたという経緯がある。

 

 かつてグリードという少年が、死の際に彼女に女神の姿を見ていたようだった。

 ローウィンも、女神という称号を、大仰ではなく、フレイアに相応しいと思った。二つの世界を俯瞰する広い視野と慧眼、それだけでも、本当に女神だったのではないかと思ってしまう。



 式は滞りなく進み、最後に浄化の火魔法によって荼毘に付され、遺灰は共同墓地の端に埋葬された。



◇◆◇



「はやく準備しろ! 午後から二人、登録があるぞ」


 ごつんと日誌の角で、エリセがマンセルの頭をこつく。


「ボコスカ毎日殴られたら、禿げちゃうよ」


 そんな日常の光景を、ローウィンは暖かく見守る。先週、アルタセルタという女性と遅い結婚をして、新婚ほやほやの幸せのためか、マンセルのだらしなさにいつになく寛容な様子だ。


 アルタセルタはあの見た目で、実はローウィンと同じ四十七歳だったという。とんでもない美魔女であった。


 今日のシェリは非番。最近、自分の淹れるお茶ではお菓子が美味しくないと、間食をやめてちょっと痩せてしまった。




 ゴートワナ帝国は、崩壊に向かっていっているようだ。強力な指導者を失い跡目争いの内紛の中、属国や支配国が次々に独立のための兵を挙げているという噂が届く。

 ディルクはその情報収集のため、明日の朝には数人の部下を連れて城を出る。一説には、もうアリステア王子の直近では働きたくないと、遠方での仕事を希望したともいわれる。



 締め切られた部屋で、銀髪の魔導士は分厚い本のページを静かに繰っている。ふと風に乗った花の香りを感じて、顔を上げる。

 しばしの間眩しそうにしていたが、再び本に視線を戻し、本の読み取りに戻っていった。



 コーヘイとセリオンは、窮屈で煌びやかな礼服をまとっていた。今日は任命の式典である。青空の元、歓声が響いている。


「お前も着る事になるって言っただろう?」

「自分の方が似合ってしまって、すみません」


 爽やかな笑顔で答えられ、セリオンは相変わらずの相棒に、なんて言い返してやろうかと思考を巡らせる。



 騎士団は編成を大きく変え、魔導士団同様に騎士団長以下、副団長を四人据える事になった。内容も魔導士団にあわせ、支援、警備、攻撃、防衛と分けてある。



 支援は各部隊の不足を補うため流動的に役目を変え、総合力が求められる。

 その頂点にはセリオンが立った。

 警備は警備隊総隊長になっていたレオンが引き続き就く。

 攻撃については兼ねてからの副隊長バートランドが据えられた。

 防衛をコーヘイが担う。


 それぞれの隊には識別のためのエンブレムが、それぞれの副団長によってデザインされ、礼服の際は襟に付けられることになっている。


「良いデザインだな」


 セリオンがうらやましそうに言う。

 コーヘイの襟には、一輪の花から両翼、それに重なるように剣と鞘が交差されて配置されている。


「護りたいって思ったら、これしかもう思いつかなくて」


 苦笑する。今はもう懐かしい、元の世界。デザインを勝手に拝借してしまったが、向こうに知られる事はないだろうから、まあ許されるだろう。


 未だ、コーヘイの奪われた装備の行方はわかっていない。敵は帝国だけではない。まだまだこの国は、危険にさらされているのだ。


 護ると決めた、心のままに。


 彼女の愛したこの世界で、自分も精一杯生きていく。



(第一部 完)

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異世界人はこの世界を愛してるⅠ MACK @cyocorune

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