第267話 戦いの後

 神閻馬・ケットシー戦後、リュブリン連邦では宴が開催されていた。

 今回は戦いに参加した者がメインの宴である。

 ほとんどが肉や魚で穀物と野菜が少しという、獣族猫科らしい料理が並んでいる。


「それで、結局どんな効果なのかわからなかったのにゃ?」


「そうですね。いろいろ試してみたんですけど、精霊に認められし者が何かはわからなかったんですよ」


 ステータスには称号が増え、勇者の証、人族を極めし者、精霊に認められし者、ドリュアスの祝福、ニンフの祝福、アマビエの祝福、ケットシーの祝福になった。

 ニンフ・アマビエの祝福はヒリフリアナで得られたものである。

 ケットシーの祝福も同じものだと考えられるが、精霊に認められし者は効果がわからなかった。


(効果がないただの証で、やり込み要素の一つとか? 人族を極めし者も何かわかってないし。うーん。FSなら称号でも何か意味がありそうなんだけど)


「人族を極めし者と精霊に認められし者……セージが精霊になるのにゃ?」


 アニエスの質問にセージは悩んだ。


「いや、それは……ないと思うんですけど、もしかしたら?」


「セージでもわからないことがあるのにゃあ」


「そりゃそうですよ。わからないことだらけです」


「それは嘘にゃあ」


「いや、ほんとですって!」


「ルシィはどう思うにゃ?」


 アニエスはルシールの方を向く。

 セージの隣には当然のことだが、ルシールがいた。

 そして、アニエスにはユベールとエクトルがついている。


「私は……アニエスの気持ちもわかるんだが、セージを見ているとわからないことだらけだということも理解できる。わかったことの先にある疑問はつきることがないからな」


「つまり……どういうことにゃ?」


「セージの言うことは本当だってことだ」


 アニエスはその答えに「にゃあ……」とわざとらしくため息をついた。


「……やっぱりにゃ。結局セージの味方になるにゃ」


「そう言う訳じゃないんだが」


「いいのにゃ。婚約者だからいいのにゃ。そういうものにゃ」


「婚約者だからといって私の意見を変えることはないぞ」


 生真面目なルシールはそう反論するが、アニエスはうんうんと頷く。


「わかってるにゃ。けど、セージのことをよーくわかっていて、それでも婚約者になったのにゃ。きっとわかり合える関係だからこその答えなのにゃ」


 その言葉にはルシールも反論せず「まぁな……」と曖昧に答える。


「そうなの? 僕はルシィさんのこと理解できてるかな?」


「あぁ、わかってくれていると思う。それに、私に合わせてくれている時もあるだろう?」


「まぁ、僕が振り回しちゃうことも多いし、それくらいはね」


「それは嬉しく思っているぞ」


 なんとなくいい雰囲気にアニエスが遠い目をして「愛だにゃあ」と呟く。


「愛……なのかな?」


「そりゃそうにゃ。愛があるから婚約したんじゃないのにゃ?」


「婚約を申し込んだのは私からだぞ」


 そのルシールの言葉にアニエスは目を丸くしつつ感心する。


「そうだったのにゃ? よくセージに言ったにゃ。すごいにゃ」


「急に僕のことけなしてませんか?」


「そんなことないにゃ。ルシィを褒めてるのにゃ。人族は女性から結婚を申し込んだりしないらしいにゃ。それでも言ったならすごいにゃ。愛だにゃ」


 セージは「なるほど」と返事をして、チラッとルシールを見る。

 ちょうど目が合ったルシールは少し照れたように髪を触りながら、アニエスに目を移す。


「獣族は女性から言うことも多いんだったよな?」


「そうにゃ。けど性格によるにゃ。獣族だからってみんなそうとは限らないにゃ。でも……やっぱり待つよりはいいのかもしれないにゃ」


「アニエス!」


 そこで突然声を上げたのはユベールだ。

 ユベールは言うなら今しかないと思った。


「ユベール? どうしたのにゃ?」


 ガチガチに緊張しているユベールを不思議そうに見るアニエス。

 ユベールは意を決して口を開く。


「我と、結婚してほしいにゃ!」


「ごめんにゃ。我には他に好きな者がいるにゃ」


 結婚の申し込みを迷いなくスパッと切られたユベールはそのまま固まった。

 そして、エクトルが立ち上がる。


「その好きな者って、もしかして……」


 双子二名ともアニエスと幼馴染みで仲の良かったが、エクトルはユベールが結婚を申し込むと言ったとき、無理だろうと感じていた。

 そう、エクトルは心の中でユベールより自分の方が好感度が高いと思っていた。


「もしかして……気づいてたのにゃ?」


 エクトルはコクりと頷く。

 そこで、アニエスは観念したように告白する。


「そうなのにゃ……実はエドメが好きだったのにゃ!」


 給仕をしていたエドメが「にゃっ!?」と驚いた。

 エクトルは「エ、エドメ?」と掠れた声をもらす。


「今まで言えなかったけど、好きなんだにゃ!」


 その告白を受け取ったエドメは運んでいた料理を置いて、アニエスに向き直った。


「実は、我もアニエスのことが好きだったにゃ」


「ほ、本当にゃ?」


「我とは釣り合わないと思っていたにゃ。けど、本当は好きだったにゃ」


 エドメは前回も今回の戦いも補給役や捜索隊という支援をしており、戦闘員ではない。

 そもそも、本業はリュブリン連邦で数少ない農家である。


 前回の戦いの後から、アニエスは農業師のランク上げをしていた。

 その時に世話になったのがエドメの家である。

 エドメを選んだわけではなく、縁があったからで、ランク上げのためという意図しかなかった。

 それでも、農業を教えてもらっているうちにアニエスは惹かれ始め、エドメもまたそうだった。


 農業師のランク上げが終わった後も関係を持つため、今度はエドメが商人のランク上げをしたいと言い、アニエスが手伝うことになった。

 振付師では一緒に踊り、共にランク上げをして、農家なのにエドメは獣王になっている。

 レベルは上限に達しておらず、戦い方も上手いわけではない。

 ただ、前回に続いて今回も戦いを支援する役として入ったのは、獣王になっていてステータスが高いからである。


「嬉しいにゃ。一緒に……にゃっ! なんでみんな見てるのにゃ!」


「そりゃ見るでしょ?」


 平然と答えるセージ。

 目の前で始められたら当然だろう。

 セージやルシールだけでなく、ディオンたちからも注目されていた。

 ユベールとエクトルは固まっている。


「み、見なくていいにゃ! セージのために称号が何かを考えるにゃ!」


 そうはいっても、というように周りの者たちは目を見合わせた。

 アニエスはゴロゴロと喉を鳴らす。


「まぁ、それもそうだな。人族を極めし者と精霊に認められし者。何か思い付くか?」


 ルシールがアニエスのために話を切り替えようとした。

 ただ、皆はアニエスたちの恋愛模様が気になりすぎて何も意見を出せない。


「人族を極めたなら次は獣族を極めればいいにゃ!」


 また静かになった場を繋ごうとアニエスがやけくそのように言う。


「僕、人族なんですけど」


「獣戦士ミャオ様に頼んでみるといいにゃ! セージならなれるにゃ!」


 部屋の奥に神棚のような場所があり、獣戦士像が置かれている。

 創造師のランク上げにちょうどいいということで、獣戦士像は何人もの手で大量に創られた。

 しかし、獣戦士像が役に立つわけでもなく、一応神の像なので破壊もしにくい。

 ということで、作ったものは全てミコノスの里に送られている。

 その中の一体だった。


「えっと、どう頼めばいいんですか?」


「にゃっ……な、なんでも大丈夫にゃ!」


「えっと、じゃあ……ミャオ様、獣族にしてください。お願いします!」


 FSで種族を途中で変えることなんていうのは、全ナンバリングでできない。

 ただ、セージはわずかにでも可能性があるならばと真剣に祈りを捧げる。

 その真剣さを見て、アニエスは少し罰が悪い気持ちになった。


「……獣族になったにゃ?」


「いや、さすがに人族のままですね……え……?」


「セージ? どうした?」


 ステータスを見て固まるセージにルシールが声をかける。

 すると、セージはバッと勢いよくルシールを見た。


「あのっ、ちょ、ちょっとルシィさんも祈ってみてくれる? あっ、何も言わなくていいから。そのままで、そうそう、祈った? 祈れた? 祈れたよね? それでステータスの下級職見て、変わった? どう?」


 急に早口になるセージにルシールは言う通りにして、驚きの表情に変わる。


「まさか、獣戦士……!」


 ステータスの下級職の欄に獣戦士の職業が追加されていた。


「やっぱり! 人族を極めたから他の種族の職業にもなれるってこと? ということはエルフ族とか、あっとりあえず、獣戦士ミャオ様、獣戦士としての技能をお授けください」


 そう言うと、温かい光に包まれる。

 光が収まり、セージがステータスを確認すると職業に獣戦士が記入されていた。


「獣戦士! ランク1だ! ランク上げしなきゃ! 獣戦士のステータス補正は、リミットブレイク、あぁなるほど、あっ、ルシィさんもなってみて!」


 新たな職業になることができてテンションが上がるセージに、ルシールは驚きに目を丸くしている。

 その表情にセージは首を傾げた。


「ルシィさん? どうしたの?」


「セージ……その、それは……?」


 ルシールが指さす先はセージの頭。


「えっ? あっ……ミミ? 尻尾もある!?」


 セージの頭には猫のような耳とズボンの隙間から尻尾が出てきていた。


(これ、可逆なの?)


 セージがもう一度祈りを捧げて『賢者』に戻ると耳と尻尾が消え、また『獣戦士』になると生えてくる。


「なるほど。獣族専用職になったらミミと尻尾が出てくるわけね。これ、ズボンに尻尾の穴がほしいかも。獣族の皆さんってどんなの履いてます?」


 自分自身の変化に驚いたものの、ランク上げのためならとすぐに受け入れるセージ。

 その順応力の高さに周囲はついていけずに混乱していた。

 そして、告白をスパッと切り捨てられたユベールと、何もできなかったエクトルは、この時もまだ立った姿勢のままで固まっているのであった。

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