第266話 ケットシー戦2
(おかしいな。なんで逃げない?)
セージは内心で困惑していた。
それはケットシーとの戦いが想定より長引いていたからだ。
ケットシーが撤退するダメージ量になっているはずなのに全く逃げるそぶりがないのである。
(計算を間違えてる? ってことはないと思うし、ケットシーのステータスが変化したわけでもなさそう。もしケットシーが強化されてたら被ダメージが変わるはず。そこはほぼ計算通りということは、ステータスも個体差程度。逃げだすHPの下限は過ぎたはずだし、他に知らない設定があるのか?)
セージは頭を回転させつつ、口癖のようになるほど唱え続けた『オリジン』を発動する。
ケットシーはそれでも逃げずに反撃の中級魔法『ダークバレット』を発動した。
中級魔法ではセージの魔法防御力によってダメージはわずか。
それでも、セージに余裕はない。
(ダメージ効率を上げすぎたのか? 確かに自分のINTはチートだし、ルシィさんの物理攻撃もチートだけど。単位時間当たりのダメージ量が一定ラインを超えたら行動パターンが変わるとか? そんな話は聞いたことないけど)
ケットシーは『カオス』を発動し、それを防御するセージたち。
ルシールが『オールフルヒール』で回復する。
(姿も技も威力も変化なし。時間経過が必要? でも結構経ったよな。もしかして倒すまで続く? ケットシーのHPって不明だし、それはさすがに予想ができない)
セージがリュックをトントトンと叩くと、スライムがカバンからニュルっと出てきてMP回復薬を渡した。
スライムはこういう場面でも活躍する。
腰のベルトにもつけているが『リミットブレイク』と『オリジン』でMP消費は激しいため、MP回復薬はリュックの予備しか残っていない。
セージの場合は『リミットブレイク』により最大MPが上昇しているため、影響は少ないが、ルシールはMP回復薬の節約のため、回復と物理攻撃専門にシフトしていた。
(MP回復薬はまだあるけど、どこまで続くかわからない戦いだと足りるかわからないし。むしろ、神閻馬戦の方が早く終わりそう。かなり早く第二形態に移ってて、順調に戦えているみたいだし)
セージから神閻馬戦はわずかに見える。
それに、戦えないレベルだった場合は退却の合図があるはずだ。
苦戦もあるがまったく戦えないようなことはなさそうであった。
(これだけ時間経ったなら、そろそろ神閻馬戦が終わるかもしれないし、終わったらケットシーを置いて逃げるか)
そもそも、神閻馬の素材が欲しいのであって、ケットシーはおまけである。
それにケットシーと戦うのはメリットがほぼない。
途中で逃げるため、素材もなければ経験値すらないのだ。
特に戦い続ける理由はないため逃げられるならそうしたいところだった。
ケットシーは『スタンプ』を使うがセージはギリギリで避ける。
反撃の剣を振ったところで、とぷんっとケットシーは闇に沈んだ。
(こういうところも嫌な――えっ?)
木の上に転移したケットシーの隣からケットシーがもう一体現れる。
まさかの事態に、驚きを隠せない。
(ドッペルゲンガーは発動してないよな? ケットシー二体? そんなのあり?)
ケットシー二体は木の上で仲良く並んで手を合わせる。
(なにそれ!? 見たことないんだけど!)
ケットシー固有魔法『ケット・シー』。
その発動と共に、闇から滲み出るように現れる巨大なケットシー。
セージの『ルーメン』の光も周囲のキュオスティの剣の光も全て取り込まれていく。
ただ、不思議とパーティーメンバーとケットシーだけは、はっきりと見えた。
そして、闇から現れたその全容は、高さだけでも通常のケットシーの三倍以上。
(でかすぎ!)
もちもちの体型も合わさって大きくなっているため、十倍くらい大きく見える。
そして、巨大ケットシーはセージたちに近づいてきた。
(えっ! 動けない!?)
後ろに下がろうとしたが闇が纏わりついてくる。
まるで水の中で動こうとしているような感覚だ。
セージは少し離れたところにいるルシールにリュックを投げた。
(回復魔法は用意してて!)
巨大ケットシーは明らかにセージ狙いだとわかる動きだ。
リュックの中にいるスラオを巻き込むわけにはいかない。
「リミットブレイク!」
(これは物理? 魔法? 魔法だよね!? チートMNDで受けてやる!)
セージは覚悟を決めて盾を構えた。
精霊だからこそ魔法だと予想し、耐えられるだろうと考えたのである。
そして巨大ケットシーがその肉球の手を振り下ろす。
(ぐぅっ! まじかっ!)
それは確かに魔法だった。
魔法だが盾で防御でき、衝撃が伝わる。
そのまま続く、押し潰されそうな圧力。
セージのHPがガリガリ削られていく。
(いつ終わるの!? というかこのダメージ量はおかしいでしょ!?)
1秒で1000を超えるダメージ。
表示されているHPは猛烈な勢いで減り、一桁目どころか二桁目も視認できない速さでカウントダウンしていく。
セージのMNDをここまで貫いてくる魔法はおかしいといえる威力だ。
レベル50の人族であれば1秒で倒れてしまうだろう。
それが三秒、四秒と時間が過ぎていく。
(回復は!? できない!?)
ルシールが回復魔法を放とうとしているが、魔法は発動しない。
ちらりと見たルシールに焦りの表情が見える。
声すらも届かない。
全ては『ケット・シー』の効果で打ち消されていた。
(早く終わって……!)
HP回復薬はあるが、吹き飛ばされないように両手で盾を抑えている状況ではそれを飲むことすらできない。
震えてくる腕、止まらないHPの減少、打ち消される魔法。
ダメージが1万を超え、もう一か八か回復薬を取って飲もうかと思った瞬間、ふっと巨大ケットシーからの圧力が消えた。
(終わった……?)
闇の空間に周囲の光が戻ってくる。
「オールフルヒール!」
すぐに回復魔法を発動したルシールがセージを守るような位置に立った。
さらには神閻馬戦の者たちも駆け寄ってくる。
「セージ! 大丈夫か!」
「どうすればいいにゃ!?」
「援護するにゃ!」
神閻馬の討伐に成功し、援護に来たのだ。
続々と集まる仲間を手で制すセージ。
(ケットシーはタイミングが合わないと攻撃できないし。魔法使いが多いなら一斉発動とかしてもいいけど、物理系が多いからなぁ。んっ?)
巨大ケットシーが完全に消えると、二体のケットシーは木からポヨンと降りるとセージに歩いてくる。
(何? 急にどうした?)
敵意はなく、散歩でもするような歩み。
セージとルシールの前に立つと、握手でもするように手を差し出した。
(えっ? ほんとになんなの? 握手?)
セージは良くわからないまま握手をすると、くるりと手の甲を上に向けられ、肉球をハンコのようにポンと押した。
想像以上に弾力のある肉球が手から離れると、その形に光っており、そして吸い込まれるように消える。
ケットシーは満足したかのように、闇の中へじわりじわりと消えさった。
(なんだったんだろう……)
説明も何もなくケットシーはいなくなり、取り残されるセージたち。
「結局、なにがどうなったのにゃ? 勝ったってことなのにゃ?」
シンと静まり返る場にアニエスの声が響く。
その答えを知る者はいない。
ルシールが「セージ」と呼びかける。
(最後のあれはなんなのかわからないけど、神閻馬戦は終わって、ケットシーは去ったし)
「えー、とりあえず戦闘は終わったみたいなので、神閻馬の素材を取って帰りますか」
「……わかったにゃ。みんな里に帰るにゃ!」
こうして、困惑が混ざりながらも神閻馬・ケットシー戦は終わりを迎えるのであった。
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