第265話 カイルの存在

(これは俺が前に出たほうがいいか)


 黒銀の騎士が現れた時、カイルはそう感じた。

 セージから聞いていない魔法が発動された場合、それが最も厄介なものである可能性が高いと考えていたからだ。

 そうなった場合、物理耐性も魔法耐性も高く『リミットブレイク』を使うことができるカイルが盾役として前に出る方が確実である。


 今回、カイルが後衛に回ったのには、いくつか理由があった。

 回復魔法が使えること、獣族との連携問題、そして獣族感情の三点である。


 獣族は魔法全般が苦手であり、それは獣王の補正があっても少しマシになったという程度だ。

 その点、カイルは前衛でも普段から回復魔法を使っており、得意としている。

 また、防御が主体であるカイルの戦い方では獣族と連携が取りにくい。

 神閻馬は技の組み合わせで凶悪になるため、マルコムが入って攻撃に特化し、迅速な討伐を進める戦略である。


 そして、獣族がメインとなって神閻馬を討伐する、ということも重要だ。

 これは、セージが前回の戦いを踏まえて決めたことである。

 リュブリン連邦内なので、人族があまり荒らさない方が良いと考えていた。


「リミットブレイク」


 神閻馬が『アヴァランチ』の発動モーションをとったことで、カイルは限界突破『リミットブレイク』を使った。

 黒銀の騎士のことはわからなかったが、カイルの感覚が警鐘を鳴らしていたからだ。

 カイルは斬りかかってくる黒銀の騎士に対して一歩踏み出し、剣を一閃する。


「グランドスラッシュ!」


 黒銀の騎士の攻撃は当たる直前で反射され、カイルの一撃が直撃した。


(そういうことか!)


 減らなかったHPを確認して、魔法反射が発動してしまったことに気づく。


「ミュリ! 魔法反射が切れ——!」


 その言葉は、神閻馬の『アヴァランチ』によって途中でかき消される。

 カイルとミュリエルは後衛の魔法反射役だが、今はセージとルシールが不在のため、カイルが守る相手はいない。

 なのでミュリエルのさらに前に立ち、魔法を受け止めて後衛を守った。

 そこで、同じパーティーのユベールの危機に気づく。


「あとは頼む!」


 ミュリエルにそう言い残し、全力で走った。

 そして、ユベールと神閻馬の間に盾を挟み込む。


「シールドバッシュ」


 特技発動の瞬間に激しい衝突音が鳴り響いた。


(なかなかの威力だが、問題ない)


 カイルは弾かれることも押されることもなく、神閻馬の突撃を完璧に受け止め、さらに押し返した。

 そして『ハウリング』を発動する。


「来いよ。俺が相手してやる」


 カイルはそう挑発しながら、冷静に周囲の状況と神閻馬の動きを観察する。

 回復魔法を唱え続けていたため、カイルのヘイトは高かった。

 注意を引かれた神閻馬に『ホーリーブレード』を叩き込む。


「ほらこっちだ」


 カイルは先に挑発していたマルコムに目で合図を送り、仲間がいない方を向くように神閻馬を誘導する。

 それに対して神閻馬は『ヘイルブリザード』を発動。

 しかし、その向きで直撃を受けるのはカイルしかいない。


「俺が止める! 今のうちに立て直せ!」


 そしてミュリエルにアイコンタクトを送る。

 一級冒険者としてこのような不測の事態を想定するのは当然のことだ。

 あえて言葉にする必要もなくすべきことは伝わる。


 その間に神閻馬は『廻る闇』を発動した。

 闇の球体が周辺を回る攻防一体の技。

 しかし、カイルはそれをものともせず、そのまま接近する。


「ホーリーブレード」


 白く輝く剣を振り抜きダメージを与えた。

 神閻馬は反撃で後ろ蹴りを繰り出す。


「シールドバッシュ」


 カイルは盾を叩きつけるようにして迎撃。

 激突の音が鳴り響く。

 限界突破したカイルは蹴りを受け止めたが、追加で周囲の『廻る闇』の球体が襲い掛かる。

 それでもカイルはふらつくことすらない。


(強力な攻撃だが、十分耐えられる程度だな)


 装備により魔法の威力が減衰していることもあるが、それだけではない。

 カイルが『リミットブレイク』で得られる最大の利点は耐久力。

 誰よりも高いVITを持ち、MNDも悠久の軌跡でヤナの次に高く、英雄補正も合わさって余裕でカンストしている。

 さらに防御に重点を置いた戦闘スタイルに隙はなく、弱点をつかれることもない。


(後ろ蹴りがこれなら注意するのは常闇と死神の大鎌。常闇は回復、大鎌は避けられる、他は耐えられる。問題はない)


 一撃必殺や固定ダメージなど、防御力無視の技はあるが、事前に考えられている。

 そして、それ以外の攻撃に関しては、カイルにとって特に注意するほどではなかった。


 神閻馬は前足を踏み鳴らし『氷陣』を発動する。

 カイルはそれも盾で防御し『ホーリーブレード』で反撃、そして『ハウリング』。


「お前の実力はこんなものか?」


 挑発してから『リミットブレイク』をかけ直すと、それに答えるように神閻馬は『常闇』を発動する。

 カイルは何事もなかったかのように至近距離で『ルーメン』を唱え、神閻馬を照らし出しながら攻撃を仕掛けた。

 それと同時にミュリエルの『オールフルヒール』によって回復。


 HP1になろうと一切引くことのない精神力、そして必ず回復魔法がかかるという信頼があるからこそできる芸当だ。

 闇の中で神閻馬は後ろに跳躍し、角を振り上げ嘶く。


 特級闇魔法『アポカリプス』の音。

 それがわかってもカイルは逃げない。

 むしろ、角に向かって盾をぶつけにいく。


「シールドバッシュ」


 角の先端にある『アポカリプス』の球体を角ごと盾で攻撃した。

 その瞬間に『アポカリプス』が発動。

 五体の黒龍のうち一体は反射、二体はカイルが受け、二体は別の方向へ向かう。


(二体逃がしたか)


「ホーリーブレード」


 カイルは黒龍が二体当たろうとも全く怯むことなく攻撃に移る。

 それもそのはず。

 ステータスのHPはVIT依存。

 カイルの耐久力は並外れている。


 英雄 LV.99 HP39053


 例え『アポカリプス』を五発全て受けたとしても、今のカイルのHPなら半分削れることすらないだろう。

 それほどまでの実力を身に付けたのは生来の体格の良さだけではない。


 約15年前、カイルは王都第三学園の試験に落ちている。

 受験の上限である15歳から身長が急激に伸びたため、当時はまだそれほど大きくはなく、成長による膝の痛みを抱えている状態だった。

 それでも、剣の才能があれば合格していただろう。

 しかし、カイルにそれはなかったのである。


 その残酷な結果を目にしても、カイルが折れることはなかった。

 物理攻撃では天性の才を見せるミュリエル、素早さに長けて万能なマルコム、王都一の天才魔法使いヤナ、魔法・弓・バフなど器用に支援するジェイク。

 冒険者になって、次々に優秀なメンバーが揃う中で、カイルは自分には何ができるのか考え続けた。


 自分の才能はどこにあるのか。

 真面目なカイルは様々なことに挑戦した。

 そこで気づいたことは、自分には攻撃の才能はなく、器用でもなく、頭が切れるわけでもない、平凡な人族であるということだ。

 それでもカイルは諦めなかった。


 才能がなくとも鍛えることなら誰でもできる。

 それが自分がやるべきことだと考えた。


 カイルは鍛練を欠かすことなく、体力回復薬を作ってまで自らを鍛え続ける日々。

 さらにはその記録をつけ、鍛錬方法だけでなく適切な食事や睡眠時間までもを考え続けた。

 それらは、やろうと思えば誰でもできるだろう。

 だが、実際にそれを続けられる者は極限られている。

 だからこそ『悠久の軌跡』の守りの要という評価を積み上げられたのだ。


 しかし、セージとの再会によりマルコムが前衛に組み込まれ、カイルの役割が変わり始める。

 魔物や状況によってはマルコムが最前衛となる戦い。

 カイルが目指していた守備の役割が崩れる。

 それでもカイルは折れなかった。


 カイルはセージとヤナに頼み、今までも続けていたMNDと回復魔法をさらに深く学び始めること。

 どんな魔物相手でも、どんなに厳しい状況でも倒れない。

 前にいれば必ず魔物を止めることができる。

 そんな絶対的なパーティーの盾になることを考え続けた。


 そんなカイルだからこそ辿り着いた高み。

 セージによって上位の職業になったは大きい。

 しかし、カイルの本質的な強さはその努力にある。

 どんな状況でも不断の努力ができる、その折れることのない精神力こそが才能だろう。


 今、カイルは『悠久の軌跡』の絶対的な盾として君臨している。

 たとえ神の魔物が相手であろうとも、耐久力に特化したカイルを崩す事はできなかった。

 次々に放たれる神閻馬の攻撃を受け止めきるカイル。

 神閻馬へのダメージは少ないが、それは問題がない。

 必要なのは全員が体勢を整えるまでの時間稼ぎだ。


(そろそろか)


「カイル! 準備ができたにゃ!」


「このまま攻撃を開始してくれ! 注意がそれたら離脱する!」


 アニエスの言葉にそう返して神閻馬の相手を明け渡そうとする。


「了解にゃ! マルコム、頼むにゃ! ディオン、準備するにゃ!」


 再び動き始めた戦闘。

 カイルは『ハウリング』と攻撃を止め、攻撃を受けてヘイトを下げてから後ろに下がる。

 神閻馬をカイルが引き付けてもいいのだが、カイルだけではダメージ量が小さい。

 それに、取り囲むと跳躍や突進で逃げることがあるため、同じところに留めておくことができない。

 また、セージとルシールがいない状況で後衛が減るのも問題だ。

 今回のメンバーだと、カイルは一旦後衛に引くべきだろう。


 先ほどと同じ戦闘体勢に移行するパーティー。

 しかし、形は同じでも精神的には異なる。

 たとえ危機に陥ったとしても引き受けてくれる者がいるという安心感。

 発動される技の組み合わせによって大きく展開が変わる厳しい戦いの中でカイルの存在は大きい。

 後ろに全員が隠れられる巨大な盾があるような気持ちで、戦いが進むのであった。

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