第264話 エクトル4

 神閻馬による『アポカリプス』『凍土領域』『常闇』の連撃。


(何てことをするにゃ……! でも、ここで死神の大鎌がくるよりマシにゃ)


 HP1で周囲は闇。

 エクトルは『常闇』の中で盾をつけた左手でキュオスティの剣を握りしめる。

 右手でHP回復薬を手に取る前にミュリエルからの『オールフルヒール』によって回復。

 しかし、その直前、視界に表示されていたアニエスのHPが0になっていた。


(にゃ!?)


 それを見た瞬間に足を氷から強引に引き抜いて、駆ける。

 暗闇で周囲の様子はわからない。

 しかし『常闇』発動前にアニエスがいた場所は覚えている。


「我は大丈夫にゃ! 常闇から出るにゃ!」


 アニエスの声が聞こえ、そちらに走った。

 HPが1になり、その後すぐに全回復する。

 ホッと安心したところで『常闇』から抜け出した。

 そこは神閻馬とマルコムたちが戦闘している場所だった。

 そして、神閻馬が『凍土領域』を発動する。


(にゃ!?)


「逃げるにゃ!」


 まさか神閻馬がいる方から出てくると思わなかったアニエスが声をあげた。

 その声に反応してすぐに逃げようとしたところで『常闇』から脱出したユベールにぶつかる。

 エクトルたちは『凍土領域』に捕らわれた。


「こっちにおいで!」


 マルコムが『ハウリング』により注意を引いて、攻撃をしかける。

 それと同時に神閻馬は『アポカリプス』を発動するモーションに入った。


「グランドフィスト!」


 エクトルは急いで『グランドフィスト』を使って氷を破壊する。

 魔法反射がかかっているエクトルとユベールが皆を守らなければならない。

 しかし、ユベールと同じ位置で捕らわれ、しかも後ろには常闇しかない状況で守ることは無理だ。


 カイル、ミュリエル、アニエスが走り、五体の黒龍のうち三つは反射する。

 残りの二つはマルコムパーティーの獣族、テランスとノエラに当たった。

 一撃は耐えるが、HPの八割が削られるという大ダメージに倒れる二名。


「ディオン!」


 アニエスの呼びかけにディオンが『ハウリング』を唱える。


「我が相手にゃ!」


 神閻馬はそれに答えるように『影の荊』を発動。

 第二形態の『影の荊』は広い。

 テランスとノエラから離れた位置にいたディオンだが、その周囲のアニエスたちが巻き込まれる。

 代わりにディオンパーティーのマルゴとトマが攻撃をいれると、神閻馬は『氷爆』を発動。

 角の先に現れた氷球が爆発し、暴風と共に氷の欠片を撒き散らす。

 吹き飛ばされるマルゴとトマ。


「下がるにゃ! いったん立て直すにゃ! 配置を戻すにゃ!」


 まずはリセットしようとアニエスが叫ぶ。

 各パーティーにアタッカーが三名、別々の方向に配置し、正面左右から攻撃する。

 後衛も二手に別れて支援し、計五か所それぞれに魔法反射役が一名ずつ。

 パーティーを抜けたセージとルシールの魔法反射役であるカイルが、フォローに動いているため四か所にはなってはいるが、これが基本の形だ。

 今はバラバラになっていた。


 いったん崩れるとなかなか立て直せない。

 近づこうとしていたマルコムも一旦下がると神閻馬は『廻る闇』を発動した。

 神閻馬の周囲に闇の球が飛び回る。

 そして、そのままディオンに突進した。


「回復を優先するにゃ!」


 ディオンは突進を避け、神閻馬は包囲を抜ける。

 ただ、そのさらに外側にも獣族たちが待ち構えているため問題はない。


 神閻馬はクルリと方向を変え『ヘイルブリザード』を発動する。

 一方向にしか発動しない『ヘイルブリザード』だが、今は全員が巻き込まれる位置だ。


 全員魔法反射役の後ろに隠れ、魔法をやり過ごす。

 そして、神閻馬は『解放』を使った。

 技の中でも当たり外れはあるが『廻る闇』と『解放』は対応しやすい技だった。


(良かったにゃ。これで態勢がととの――)


 その瞬間、特徴的な嘶きが響き渡る。

 固有氷魔法『アヴァランチ』。


(今それはだめにゃ……!)


 今『ヘイルブリザード』を反射したところだ。

 ミュリエルが使用している月鏡の剣による効果は魔法反射一回のみ。

 そして、すぐにかけ直すことはできない。


 しかし、発動するものはどうしようもなく、エクトルは覚悟を決めて盾を構えた。

 守る役割を放棄することはできない。

 役目を果たすことが最優先だ。

 迫る雪崩れに気合いを入れる。


(うぅぅぅううにゃぁああああああああああ!)


 ゴッと凄まじい衝撃が体を突き抜けた。

 吹き飛ばされそうな意識を気合いで繋ぎ止め、盾は離さない。

 倒れそうな体は、仲間が後ろから支えてくれるが、HPは0に向けて急速に減少し、腕は震える。


(もう無理にゃ!)


 そう思ったとき、ふわりとした冷気と共に『アヴァランチ』が通り過ぎた。

 盾で防御したにも関わらず9000近いダメージ。

 セージから借りた盾がなかったら一撃で倒れていただろう。

 そこで、仲間のHPの表示に気づく。


(アニエス!)


『影の荊』『氷爆』で数千ダメージを受けていたアニエスが『アヴァランチ』でHP0になっていた。

 削られたのはギリギリだった様子で、吹き飛ばされることなく立ってはいるが、危険な状態だ。

 ふらつく体を無理やり動かす。


 すでに動いていたのはマルコム。

『ハウリング』で注意を引き、突進を躱して『ホーリーブレード』でダメージを与える。

 神閻馬は反撃に『常闇』を発動した。

 HP1になる凶悪な技。


(早く立て直すにゃ……!)


 すぐにマルコムが『常闇』から飛び出し、ディオンパーティーが守るように前に出ると、同じく飛び出してきた神閻馬が『凍土領域』を発動。

 着地と共に足元が凍る。

 さらに発動する『死神の大鎌』。

 ディオンは辛くも避けたが、パーティー二名はHP0になった。


 しかし、その間にアニエスは復活し、エクトルたちは『オールフルヒール』を受けている。

 マルコムパーティー、ディオンパーティーの危機ではエクトルたちが守るしかない。

 皆を守るような位置に走る。

 その動きに対して、神閻馬は跳躍して距離を取り、知らない動きをした。

 反射的に防御の体勢をとる。


(なんだにゃ? こんな動きは聞いてないにゃ)


 今まであれほど攻撃をしてきたにも関わらず急にピタリと止まる魔法。

 その隙にパーティーメンバーはHPを回復していく。

 輝きを増す角。

 まずは態勢を整えようと攻撃を控えていたが、不穏な空気に攻撃するべきかと考えたところで、神閻馬の魔法が発動した。


 闇と氷の融合魔法、固有魔法『黒銀の戦士』。


(な、なんだにゃ!?)


 闇が人の形に変化し、ダイヤモンドダストを纏うと、氷の剣、盾、鎧が装備される。

 そして、その六体の黒銀の騎士が動き出した。


(こいつらなんなのにゃ!?)


 これはセージから聞いていない、知らない魔法だった。

 エクトルにも黒銀の騎士が迫ってくる。

 さらに、神閻馬は『アヴァランチ』の発動モーションに入った。


(まっずいにゃ!)


 エクトルは後ろを守る位置に注意しつつ、黒銀の騎士の攻撃を防御しつつ、反撃する。


(にゃっ? これって……)


 黒銀の騎士の攻撃は盾に弾かれてダメージがなかった。

 それと同時に『アヴァランチ』が発動。

 防御するエクトルに強烈な衝撃が走る。


(やっぱりそうにゃぁあ!)


 黒銀の騎士の攻撃は魔法扱いになり、魔法反射が発動していた。

 つまり、直後に発動された『アヴァランチ』は反射できない。

 さらに、黒銀の騎士は魔法の中でも平気で動き、攻撃を仕掛けてくる。


(これは最悪にゃっ……!)


 HPが急速に減る途中で回復魔法『オールフルヒール』がかかったため、黒銀の騎士からの攻撃と『アヴァランチ』をなんとか持ちこたえた。

 しかし、許容量を超えるダメージにぐらりと体が揺れておぼつかない。

 そこに容赦なく黒銀の騎士は攻撃をしかけ、それを後ろにいたマルコムが受ける。


「避けろ!」


 その声が響いた直後、神閻馬が発動したのは『死神の大鎌』。

 ふらつくエクトルはディオンに押されて、刃を避けた。

 しかし、それができなかったのは弟のユベール。

 黒銀の騎士が二体襲いかかり、それを後ろにいた二人が相手をしていたのだ。

 ユベールは自力で避けようとしたが、間に合わない。

 視界にあるユベールのHP表示が0になる。


 神閻馬はユベールに突進。

 マルコムは『ハウリング』で注意を引くが、すでに『突進』を発動した神閻馬には効かない。

 すぐに復活薬を飲ませるために、ユベールを守るために、エクトルは走りだした。

 走馬灯のようにユベールが結婚を申し込むと言ったシーンが流れる。

 間に合わない事はわかっていた。

 万全でも間に合わないタイミングなのに、ふらつくような体を走らせても意味がない。

 それでも走らずにはいられなかった。


 目に映る光景がスローモーションのように感じる。

 衝撃に意識が朦朧とするユベール、復活薬を出しながら走る仲間、行動を阻害する黒銀の騎士、突撃する神閻馬。

 危機的状況だというのに、何もできない自分。


「ユベールっ!」


 届かないと分かっていても手を伸ばす。

 その時、エクトルの狭まった視界に入ってくる影。

 盾と剣を持ち、全パーティーの中で最も重装備だが、それを感じさせないほど速い。

 そして、ユベールと神閻馬の間に盾を滑り込ませた。

 その瞬間、ゴォンッと鈍くも激しい衝突音が鳴り響く。


(あ、あれを受け止めるのにゃ……!)


 神閻馬のスピードの乗った突撃はそう易々と受け止められる威力ではない。

 しかし、カイルは盾を持った左手一本で、弾かれることもなく、神閻馬の突撃を完璧に受け止めていた。

 そして『ハウリング』を唱える。


「来いよ。俺が相手してやる」


 一級冒険者『悠久の軌跡』にして最強の盾、カイルが神閻馬に立ちはだかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る