第263話 エクトル3

 セージたちがケットシー戦のために離脱した後、残されたエクトルたちは神閻馬と引き続き戦っていた。

 エクトルは戦闘を続けながら、視界の端に写ったセージとルシールの戦いにもわずかに気を取られる。


(あの魔法はやばいにゃ)


 ケットシーに対して放たれる最強の魔法『オリジン』にエクトルは戦慄していた。

 受けたことのない魔法だとしても、その威力は感じられる。


 神閻馬には魔法を使っていなかったが、それは周囲を巻き込むからだ。

 エンゼルコットンの特技で『アブソリュート』を無効化できるが、神閻馬は足のステップですぐに再展開してくる。

 複数人で取り囲んでいる上に、神閻馬は動きが激しいので魔法発動のタイミングも難しく、それなら使わない方が討伐が速く、MP消費も少ないという判断だった。


(それにルシールは我より強いにゃ)


 先程までの神閻馬との戦いで、セージとルシールは回復と支援をメインにしていた。

 それは獣族が近接戦闘特化型で魔法を苦手としているからだ。

 それに、神閻馬の体は小さい。

 あまり大勢で取り囲んでも攻撃しにくくなる。

 必然的に人族が後衛になるしかなかった。


 しかし、ケットシー戦に移ったルシールは前衛として躍動している。

 エクトルも戦っているので、じっくりと見るような時間はないが、そのわずかな間だけでも、自分より強いと思えるくらいの力量だった。


(セージが関係する人族はどうなってるにゃ)


『悠久の軌跡』は回復魔法を唱えながら、的確に仲間を支援している。

 特にミュリエルは魔法反射のため『月鏡の剣』を持って踊りながら、そこに加わっている。


 獣族は後衛としての支援は苦手なので全員前衛。

 前衛で唯一人族なのはマルコムだが、最もおかしい。


(技が当たらないって何なのにゃ? 反則にゃ)


 マルコムは神閻馬が発動する技のいくつかを、完全に見切っている。

 そして、それをエクトルも真似をしようとしたのだが無理だった。

 マルコムは身体が小さく、剣は短剣を選んでいるので動きやすく攻撃を避けやすい、というのはある。

 エクトルは大きな体に普段は持たないキュオスティの剣を持ち、対魔法用の盾を装備しているので不利だ。


 しかし、それだけが理由ではない。

 神閻馬が攻撃や魔法を発動する直前に、的確に動くこと。

 その一瞬の初動の差が避けられるかどうかの差になっていた。


 エクトルは人族のことを知らないわけではない。

 将来を期待される戦士として、人族の町に出たことがある。

 そのころはまだレベル50であったが、自分より強いと思うような者はいなかった。

 それなのに、レベル70になった今でも届かない相手がいるということが信じられない気分だ。


(まったく、おかしいやつらばっかりにゃっ!)


 それでも、そこに食らいつく気持ちを込め、神閻馬の『アポカリプス』を反射しながら『グランドフィスト』を叩き込む。

 気合のこもった一撃は神閻馬をしっかりと捉えた。


(まだまだにゃっ!)


「グランドフィスト!」


「ルーメン!」


 特技の発動と共にマルコムが叫んだ。

 その一瞬後、神閻馬は鋭いいななきをあげる。

 そして神閻馬の特技『常闇』が発動した。

 特技『常闇』は一定範囲を暗闇にして、相手のHPを1にするという効果を持つ、神閻馬が逃げる時に使う特技だ。

 神閻馬を逃がさないようにするには光魔法で対抗する。

 光魔法が使えるのは職業『聖騎士』であり、獣族は使えない。

 しかし、エクトルにはキュオスティの剣がある。


(本当にHPが1になったにゃ! こんな技があってもいいのにゃ?)


 エクトルはHPがカンストしているため、ダメージとして見ると9998という通常ありえない数値となる。

 すぐに後衛から回復魔法『オールフルヒール』がかかり、全回復したので問題はないが、その破格の性能を持つ技に驚きはあった。


 そして、神閻馬の周囲にいた者たちがキュオスティの剣を掲げたり『ルーメン』を使うことによって、その姿が浮かび上がる。


(第二形態、言ってた通りにゃ。けど予想より早いにゃ)


 通常の神閻馬は漆黒の艶やかな毛並みと雲のような闇をまとう。

 今はそれに加えて銀のたてがみなびき、闇に輝く星のように氷の結晶が周囲で煌めいている。

 そして、黒曜石のように黒い角の前に、水晶の如き角が生えていることが特徴的だ。


 神閻馬は再びいななきを響かせて、前足を地面に叩きつけた。

 そこから大地が氷に覆われていく。

 特技『凍土領域』。

 触れると一定時間動けなくなる技である。

 これが発動されたということは、光によって逃亡をキャンセルできたということだ。


 さらに特技『死神の大鎌』を発動すると、闇の刃が五つ飛ぶ。

 動けない相手に一撃必殺の技を放つコンボ。

 ただ、変身後の初手にそのコンボが発動することがわかっているエクトルたちは、飛びのくようにして避けていた。

 常闇から出て距離をとっていれば『死神の大鎌』を避けることができる。


(あれは気をつけないとヤバイにゃ……とりあえず、二回戦目開始にゃ)


 第一陣にメインアタッカーのマルコムパーティーが飛び掛かる。

 神閻馬は『凍てつく世界』を発動。

 周囲に氷の結晶が浮かび上がる。

 マルコムは器用に避けるが、同じパーティーのテランスとノエラが避けきれない。

 結晶に触れた瞬間に体が凍てつきダメージが入るとともに弾ける。

 上級氷魔法『フロスト』のような効果だ。


 搔い潜ったマルコムが攻撃したところで神閻馬は『影の荊』を発動する。

 マルコムを捕えようと動く黒の荊。

 その間に接近したテランスとノエラが攻撃を加えた。


 氷と闇が蔓延る中、神閻馬は跳躍で離脱する。

 そこに飛びかかるのはディオンパーティーだ。

 神閻馬はディオンに対して突進し、激突。

 ディオンが正面で耐え、その隙に仲間が左右から攻撃した。

 すると、神閻馬は『氷爆』を発動。

 角の先に出現した氷の球体が弾け、至近距離にいたディオンたちを吹き飛ばす。

 続いて、神閻馬は特級闇魔法『アポカリプス』を発動する動きをした。


(今にゃ!)


 その瞬間にエクトルは神閻馬に飛びかかる。

 第二形態は魔法の威力も上がり、ミュリエルの『月鏡の剣』による魔法反射をしっかり使わなければならない。

 このためにエクトルたちは待機していたのだ。


 同時にパーティーのアニエスとユベールも接近。

 神閻馬の『アポカリプス』を反射しながら渾身の一撃を放つ。


「グランドフィスト!」


(もう一撃!)


「グランドフィスト!」


 連撃を入れるエクトルたちに、神閻馬は足を踏み鳴らして『凍土領域』を展開。

 足に氷が纏わりつき、がっちり固められる。

 さらに、神閻馬はユベールに強烈な後ろ蹴りを入れてからエクトルたちの包囲をすり抜けた。

 後ろ蹴りは神閻馬最大の物理攻撃だが『死神の大鎌』を使われるよりはマシである。

 反射的に盾で防御したが、足が固められていることもあり、ユベールは反動で倒れた。


「んにゃっ!」


 それを助けようとエクトルが踏み出そうとしたが、足はがっちり氷に捕まっている。

 転げそうになる体をぐっと引き戻し、拳を握った。


「グランドフィスト!」


 狙いは足元の氷。

 ガンッと鈍い音と共にピシッとヒビが入る。

 気合いと共に足を上げるとバリンと氷が砕けた。

 そうしているうちに、戦闘はマルコムたちへと移っている。


(これは面倒にゃ)


 魔法系のステータスが低いため、そう簡単に拘束を解くことはできず、動くためには物理攻撃をするしかない。

 STRがカンストしているため『グランドフィスト』で対応はできるが、いちいち攻撃しないと動けないのはかなりの手間である。


 神閻馬は跳躍した先で『氷の波動』を発動していた。

 着地点を中心にして振動が伝わるかのように氷柱つらら状の棘が地面から次々に突き出されてはキラキラと砕ける。

 それを飛び越えて斬りかかるのはマルコムだ。

 遠心力を加えて放つ剣は神閻馬を捉えてダメージを与えた。


「ほら、こっちだよ!」


 マルコムはさらに一撃を加えつつ『ハウリング』によって注意を引き、ひらりと横に跳躍。

 その場所を『死神の大鎌』が通り抜ける。

 マルコムの反対側ではテランスとノエラが攻撃を仕掛けていた。


(負けてられないにゃ!)


 そう気合を入れるが、今すぐにできることはない。

 エクトルのパーティーはミュリエルがいるため、武器『月鏡の剣』を使うことによって魔法反射が展開される。

 魔法によっては前に出て、魔法反射で皆をかばう必要があった。

 前に出続けるわけにはいかない。


 それに神閻馬の体格が小さいため、一度に攻撃できる人数は限られている。

 その上、攻撃の隙が少ない。

 今までは闇魔法だけだったが、そこに氷魔法が加わっている。

 氷魔法は闇魔法の代わりに使うのではなく、闇魔法の合間に発動されるため、攻撃のタイミングはさらに限られていた。

 メインの二パーティーで攻撃は十分である。

 サブアタッカーであるエクトルはなかなか動き出せないが、その時を待つ。


(それにしても本当に言った通りにゃ。セージには何が見えているのにゃ?)


『影の荊』『氷爆』『ダークゾーン』『凍てつく世界』『ダークストーム』。

 次々に発動される特技。

 その中には初めて見る技も含まれるが、全員なんとか対応している。


 対応できるのは個々の能力だけでなく、セージによる技の解説があったからだ。

 その事にエクトルは驚きを隠せない。

 実際に見たことがあるかのような説明はあまりにも的確。

 第二形態は戦ってもいないのに、見てきたかのような自信を持って解説する姿は予言者のようだと感じていたが、まさかそれがここまでピタリと当たるとは思っていないことであった。


 そんな驚きとともに観察していると、低く唸りを響かせた後、特徴的な甲高い嘶きが響く。


(きたにゃ!)


 その瞬間に一気に前に出る。

 神閻馬の二本目の角に白銀の球体が浮かび上がった。

 固有氷魔法『アヴァランチ』。

 第二形態では闇魔法『アポカリプス』と共に、これを魔法反射で防ぐことがエクトルの役目だった。

 仲間は後ろに移動し、エクトルが盾を構える。


(これ、大丈夫なのにゃ!?)


 白銀の球体から現れる大量の氷の結晶が雪崩れ込んだ。

 飲み込まれたらひとたまりもないと思えるような迫力に圧倒される。

 それでも身を守るように受けるしかない。

 雪崩は轟音をたてながらエクトルを避けるように通り、ふわりと冷気を残して消えた。


(魔法反射、すごいにゃ)


 エクトルはすぐに前へ出て『メガフィスト』を叩き込む。

 その拳は直撃したが、神閻馬は同じく飛びかかったユベールに後ろ蹴りで対応していた。


(まだいけるにゃ!)


 そう判断したエクトルは二発、三発と攻撃を入れる。

 その時、神閻馬は『アポカリプス』を発動した。


(それはやめてほしいにゃ……!)


 ミュリエルの魔法反射はすぐに発動させることはできない。

 このままだとまともに魔法を受けてしまう。

 ただ、そんな状況も想定済みで、基本はエクトルたちが受けることになっていた。


 接近する黒龍にエクトルは盾を合わせる。

 その瞬間に突き抜ける衝撃。

 まともに受けた『アポカリプス』の威力に体が大きくふらつく。

 削られたHPは直後に『オールフルヒール』によって回復するが危機を感じる一撃だ。


 ディオンパーティーが援護するように飛びかかり、エクトルたちはふらつく体を立て直す。

 それに対して神閻馬は、足を踏み鳴らして『凍土領域』を発動。

 攻撃したディオンたち、下がろうとしたエクトルたちが氷に捕まった。

 ふらつく体に気合いを入れて足下の氷に『グランドフィスト』を発動するが、その間に神閻馬は『常闇』を発動する。


(何てことをするにゃ……!)


 二パーティーのHPが一気に1になり、周囲は暗闇、足元は氷漬け。

 順調だった戦闘が一気に変わりつつあった。

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