第262話 ケットシー戦
ピピッピィー!と二度目の笛が鳴り響いた時。
セージは笛の音の方向を向いて、不敵な笑みを浮かべるケットシーを確認する。
その姿はゲームで見た通り。
紳士的なようで愛らしくもあり、どこか不気味でもある姿は、迷惑な精霊であるにも関わらず人気が高い。
(きたっ! 生ケットシー!)
「ルシィ! 行くよ!」
セージはステータスの限界値を外す特技『リミットブレイク』を発動し、神閻馬戦を抜けてケットシーに向かう。
この動きは予定どおりだ。
闇の精霊がいることはわかっていた。
当然対処法を考えている。
(見てはみたかったけど、神閻馬戦以外の時に出てきてほしかったな)
通常、精霊たちは敵対していない。
訓練のようなイベント戦か、ドミデビルによってダーク化した精霊としか戦えないのが基本だが、ケットシーだけは異なる。
ケットシーはボス戦の時に絡んでくる精霊だ。
現れるのは洞窟などの暗闇だけであり、混沌地帯もそれに当たる。
エンドコンテンツである精霊は強い。
ケットシーは気がすむまで絡んだらいなくなるので倒せないという、迷惑な精霊だ。
(ケットシーは精霊の中でもチートだし)
精霊の性質として物理攻撃無効。
それだけでも破格の能力。
さらにケットシーは神閻馬と同様に闇魔法『アブソリュート』を展開しているため、魔法を吸収する。
実質物理・魔法無効という無敵の性能を誇るのだ。
(でも、こっちだってチート級。最速で追い払うつもりだけど)
セージはケットシーの手が動いた瞬間、パチンと指を鳴らした。
それを合図に、仲間の魔物エンゼルコットンが発光する。
特技『無垢の光』は全ての魔法効果を打ち消す技だ。
これによってケットシーにかかる『アブソリュート』を打ち消す。
同時にケットシーは肉球で膝をポポンと叩いていた。
(さっそく凶悪な技が来たな)
そんなことを思いながら、ルシールとセージ、スラオ、そしてルシールのスライムであるスラーンが最強の魔法を放つ。
「オリジン」
スライムのステータスはレベル90から99の間に急激に伸び、レベル99になると『オリジン』を覚えるのだ。
四重の『オリジン』がケットシーを襲う。
そして、ケットシーが発動したのは特技『闇の嵐』。
ケットシーの背後から
縦横無尽に襲い来る闇のリボンは追尾してくるため避けることはできない。
「鉄壁の盾」
それがわかっているセージは、動く素振りも見せずに防御系特技を発動して盾を構え、防御の体勢をとる。
ルシールはセージの背中に隠れ、スラオはセージのリュックの中に隠れている。
特にスラオは基本的に隠れていなければならない。
ステータスは最終的にカンスト近くまで上がるものの、魔法耐性は低いからだ。
良い装備もないため、ケットシーの『闇の嵐』が直撃するとHPは半分以上削られるだろう。
(まぁだいたい計算通りかな。回復しなくても大丈夫そう)
『闇の嵐』を耐えきったセージはまだまだ余裕がある。
限界突破状態のセージは誰よりも魔法防御力が高い。
あまりにも高すぎて、最強クラスのケットシーでさえ大ダメージを与えることは不可能だ。
対してケットシーには『オリジン』によって大きなダメージを与えていくが、最後の魔力の爆発が起こる寸前、ケットシーは両手の肉球を合わせていた。
それは『アブソリュート』を展開するときの仕草。
魔力の輝きが消えると、楽しそうに笑みを深めたケットシーが現れた。
(途中でアブソリュートを発動したか。ダメージは与えたけど、もっとタイミングを考えないと)
ケットシーはゴロゴロと喉を鳴らす。
すると下級闇魔法『ダークキューブ』が発動。
真っ黒なサイコロに見える正六面体が回転しながら飛んでくる。
(下級ならダメージはどうってことないし、邪魔なだけだな。こんな魔法ばっかりだったらいいんだけど)
ケットシーは闇属性であれば全ての魔法・特技が使える。
発動されるのはランダムに変化するため、下級魔法がくることもあるのだ。
セージたちは『オリジン』の呪文を唱えつつ、相手の様子を見る。
魔法でダメージを与えるには『無垢の光』とのコンボが必須なので、準備ができるまではどうしようもない。
そこでケットシーがポンッと木の上から飛び降りた。
地面に着地するかと思いきや、そのまま影の中にトプンと消える。
そして、その直後にセージの後ろ、ルシールのそばに現れた。
その瞬間、ケットシーは『実体化』を使って特技『スタンプ』を発動。
簡単に言うと肉球で殴る物理攻撃だ。
当たるとダメージと共に吹き飛ばすことができる固有技である。
凶悪なコンボによる暗闇からの襲撃。
しかし、ルシールは超反射によってそれに対応した。
ケットシーの手を横から盾で弾く。
そして、流れるように繰り出される一閃が、実体化したケットシーにダメージを与えた。
(見たか! これがチートだ!)
セージはまるで自分のことのように得意気に心の中で宣言する。
ルシールの超反射は特技でもなんでもない。
努力により鍛えられた身体能力、経験で培われた判断力、そこにセージから得た知識が加わり、超反射が可能となる。
セージでは盾で防御するくらいが関の山だろう。
これができることこそチートだとセージは思っていた。
そして、ケットシーは物理攻撃が効かないのだが、『実体化』使用時のみ物理攻撃が通る。
ケットシーは『実体化』を使わなければ物理攻撃を使うことができない。
そのため、物理攻撃時は必ず使ってくる。
そこを狙って反撃する戦い方がケットシー戦のセオリーだ。
通常はエンゼルコットンが仲間にいないので、『無垢の光』が使えず『実体化』使用時にしかダメージを与えることはできない。
このチャンスに猛攻をしかけるルシール。
セージもそこに加わった。
ケットシーは丸々とした体から想像できないほど俊敏な動きで蹴りや爪撃を放つ。
そして、数撃交わした後、クルンと宙返りすると、再び暗闇の中に入り込んだ。
(さて、今度こそ。エンゼル!)
再度パチンと指を鳴らす。
ケットシーが再び木の枝へ座るように出現したところで、ニックネームがエンゼルのエンゼルコットンが『無垢の光』を発動した。
ちなみに、連れてきてはいないが、ルシールのエンゼルコットンはゼルットンだ。
「オリジン」
究極魔法が発動すると同時に、ケットシーは特技『闇の鎖』を発動した。
闇から鎖が伸び、ダメージと共に動きを封じる厄介な技だ。
鎖は物理攻撃で消せるとはいえ、四方八方から襲いくる鎖を全て排除するのは無理であり、動けなくなることはないにせよ動きは制限されるだろう。
(よし! これでダメージを稼げる!)
しかし、そんな技でもセージとしては当たりの技になる。
『闇の鎖』発動中は闇魔法『アブソリュート』を発動できないため『オリジン』によるダメージは確実だ。
それに、セージは限界突破した圧倒的魔法防御力によって身を守る戦法をとっているため、多少動けなくなろうとも問題はない。
(このタイミングで攻撃を繰り返せば、そんなに時間はかからないんだけど)
セージは『リミットブレイク』を唱えて再び『オリジン』の詠唱に入る。
ケットシーは顔を洗うような仕草をして特級闇魔法『ドッペルゲンガー』を発動。
瓜二つの姿が現れる。
(ドッペルゲンガーか。また面倒な技だけど仕方ない)
二体とも同時にポンと木から降りると闇に吸い込まれる。
そして、セージの左右から出現した。
セージの魔法の威力が飛び抜けているため、ヘイトは常にセージが高い。
(さて、どっちが本物か)
ルシールはすでに左から現れたケットシーに攻撃を仕掛けているため、セージは右のケットシーの攻撃に受け流そうとする。
しかし、ケットシーは攻撃ではなく特技『猫だまし』を発動。
両手の肉球をペチンと合わせる。
ダメージはないが、それを見てしまうと100%怯む技だ。
(ミスった!)
そう思った瞬間、ケットシーは硬直したセージの頭にトンと肉球を当てる。
特技『闇の檻』。
状態異常無効の装備を突き抜け、暗闇、魔法封じ、猛毒の三つの状態異常が付与される。
(えっ? やば……)
技自体は知っていたがセージの予想外だったのは暗闇だ。
視界をなくすだけでなく、音も吸収していた。
音だけでも多少は周囲のことを判断できると考えていたが、全くわからない。
セージは常に状態異常無効の腕輪を着けているため暗闇状態になったことがなかった。
「大防御」
反射的に防御力を大幅に高める特技を発動して盾を構えた。
しかし、それを嘲笑うかのように横からケットシーの『スタンプ』が放たれる。
セージはぷにっとした感触から想像できないほどのダメージと共に、なす統べなく吹き飛ばされた。
(怖っ!)
吹き飛ばされた先に何があるかわからないというのは、想像以上に恐怖心を煽る。
呪文を唱えながら身を固くすると、木に肩が当たって回転しながら落ち、地面に転がった。
背中のリュックに入っているスライムがブニンとセージに潰される。
(ごめんスラオ! 猫だましからのコンボはきつい!)
心の中で謝りと文句をいいつつ、すぐに起き上がり、盾を構えながら腰に手を伸ばす。
(えっと、これかな?)
もし『闇の手』を受けてしまった時のために用意していた万能漢方薬を手探りで見つける。
トーリが改良し、丸薬となった万能漢方薬をザラッと取り出して一気に口に含んだ。
一粒取り出して食べるような余裕はない。
(こんなことなら事前にわざと状態異常になって確かめておくんだった)
万能漢方薬を飲み込むと、すぐにふわりと感覚が戻ってくる。
(さすがルシィさん!)
目の前ではルシールが一体のケットシーと戦っており、もう一体のケットシーは木の上に転移したところだった。
セージはパチンと指を鳴らす。
それと同時にケットシーは低い声でニャゴニャゴと発した。
「オリジン」
セージの究極魔法、エンゼルコットンの特技『無垢の光』、ケットシーの特級闇魔法『カオス』が交錯する。
スラオも巻き込まれてダメージを受けるが、セージの指示により、ダメージを受けた場合は特技『休憩』を使って回復するように伝えてあるので問題ない。
それに、危険なときはルシールが回復魔法を使うことになっているため、セージは攻撃魔法に集中できる。
ケットシーはセージの『オリジン』を受け、最後まで笑みを残しながらじわりと消えていく。
ドッペルゲンガーで現れたコピーは一定のダメージを与えると消えるようになっていた。
(ハズレか! まぁどうせ倒す必要があるからいいけど)
ルシールと戦っていたケットシーもトプンと闇に消えて転移する。
(このタイミングだと魔法が間に合わないな。次の――)
その時、視界の端で神閻馬の氷魔法発動が見えた。
(もう第二段階か! 早いな! なんとか頑張って!)
ケットシーとの戦いはまだかかる想定だ。
神閻馬戦は仲間に任せて戦いに集中するのであった。
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