第261話 エクトル2
「行くにゃ!」
全員がアニエスの号令で走り出し、神閻馬と相対した。
(まずは戦いに集中にゃ!)
アタッカーは各パーティー三名ずつで、マルコム以外は全員獣族だ。
メインアタッカーはマルコムとディオンのパーティー。
エクトルのいるアニエスパーティーはサブアタッカーになる。
アニエスパーティーには『月鏡の剣』によって魔法反射の効果を付与するミュリエルがいる。
神閻馬が特級魔法を発動したとき、エクトルたちが前に出て反射する役割があるので、メインのアタッカーではなかった。
ただ、第一段階の神閻馬は今のレベルでそれほど注意する必要はなく、今の内に戦いに慣れるため、アニエスパーティーも積極的に最前線に出る。
瞬時に囲まれた神閻馬は『廻る闇』を発動。
闇の球体が周囲を飛び回った。
「グランドフィスト!」
それを受け流しながら掻い潜り、一撃を入れる。
上級職『獣王』になって覚えた『メガフィスト』の上位特技。
カンストしたSTRに加わり強烈な威力を発揮する。
しかし、手ごたえは普段戦っている魔物ほどではない。
(こいつ、やっぱり硬いにゃ)
以前、混沌地帯でランク上げをしていた時に遭遇して戦ったことがあり、そう簡単にダメージを与えられないことはわかっていた。
それでも久々に戦ってみると、子馬のような姿からは想像できないほどの防御力に驚く。
そして、盾で防御しながら距離をとった。
闇の球体を一撃受けてしまったが想定していたより衝撃が小さく、体が弾かれるほどではない。
(この盾、なんて性能にゃ)
獣族の特性上、魔法防御力が低い。
普段の装備なら多少はバランスを崩す衝撃になるだろう。
しかし、セージから受け取った盾などの装備により魔法防御力は底上げされている。
ダメージは三割減になり、受ける衝撃もその分小さくなっていた。
(これなら何とでもなるにゃ!)
一旦離れたエクトルたちの代わりにディオンパーティーが戦い、その後マルコムパーティーが攻撃する。
そして、神閻馬はバフを打ち消し暗闇にする『ダークゾーン』や闇の球を飛ばす『解放』を使って反撃していた。
そして、『突進』を使ってその場から離れる。
ちょうどその進路上にいたエクトルは突進に合わせて攻撃をしかけた。
「グランドフィスト!」
神閻馬はそれを急激な方向転換で避け、その先でエクトルに向かって『死神の大鎌』を放つ。
『死神の大鎌』は当たれば防御しようと、一撃でHP0になる危険な技だ。
しかし、その発動モーションをしっかりと見ていたエクトルは深追いせずに余裕をもって避けた。
エクトルはダメージを与えていない。
しかし、神閻馬がエクトルに攻撃している間に、仲間がダメージを与えている。
神閻馬は反対側にも『死神の大鎌』を発動し、その隙にエクトルが攻撃を仕掛ける。
すると『ダークストーム』を発動する
周囲に闇の波動を放出させてダメージを与える技だ。
至近距離にいるエクトルにはその闇の波動を避ける術はない。
さらに近距離ほどダメージは大きくなる。
(このまま攻撃するにゃ!)
しかし、ダメージを覚悟でエクトルは体をしならせるようにして渾身の一撃を入れた。
それと同時に衝撃が走る。
(これは、さすがにキツいにゃ……!)
大きなダメージを受け、エクトルは後ろに跳躍しながら反射的に回復薬を手に取る。
そこにカイルの『オールフルヒール』がかかった。
(そうだったにゃ)
獣族は回復魔法というと戦闘後に使うもので、戦闘中は回復薬に頼ることが多い。
特に大きなダメージを受けたときは、すぐに回復薬で回復したくなる。
事前に説明されているとはいえ、危機になるととっさにいつもの行動が出てしまった。
回復薬を元に戻し、いったん距離をとる。
他のパーティーにも回復魔法がかかり、戦闘は問題ないように見えた。
(後衛ってすごいにゃ)
安定して戦えているのは、強くなったからだけではなく、後衛から届く回復魔法の力があってこそだ。
(後衛がいるってこんなに楽なものなのにゃ? 人族が後衛をいれたがるのもわかるにゃ)
獣族はステータスの補正で人族よりさらに魔法が苦手である。
獣人族であればまだ補正はマシだが、そもそも魔法の研究が進んでいないリュブリン連邦でINTなどのステータスを上げるのは難しい。
そんな状況では誰かが回復役になったところで、大きな回復量は見込めない。
かつて人族の国で旅をした時、人族のパーティーを数多く見た。
獣族と同じように全員アタッカーというパーティーもあったが、後衛の回復役を入れているパーティーが多かった。
もちろん、獣族でもレベルが上がればMPやステータスも上がるため、聖職者の職業になって回復魔法は使えるようにはしている。
ただ、後衛を作るより、全員で攻撃して速攻で倒し、後から回復した方が効率的だ。
そう考えていたので、回復役はいらないと思っていた。
実際に普段の戦闘でそうなるケースは多い。
しかし、格上の魔物やボスを相手にするときは異なる。
回復なしで倒せる魔物が相手だからこそ使える手なのだ。
そして今、神閻馬戦で実際に体感してみると、後衛がいることで戦いの安定感が全く異なっていた。
危険な状況になる前に回復されるので安心感もある。
(回復役というのも検討した方がいいかもしれないにゃ)
各パーティーにいる後衛二人が回復魔法を用意しており、必要な時に回復してくれていた。
それは他のパーティーも同様の様子で、皆が攻撃に集中している。
徐々に考えが変わるエクトル。
実際には人族の後衛だからといって簡単に『オールフルヒール』を使えるわけではないのだが、まだよくわかっていない。
エクトルが考えを巡らせている中でも戦闘は進み、神閻馬は『ダークゾーン』を発動。
すぐにカイルたちが『ルーメン』を唱えて視界を確保する。
エクトルは、キュオスティの剣を掲げて光らせた。
混沌地帯の木が作り出す暗闇とは違い『ダークゾーン』は『ルーメン』の強い光でも吸収するかのように大きくは広がらず、視界は悪い。
神閻馬の動きを見るためにはかなりの光量が必要だ。
仲間とぶつかったりしないようにするためにも重要である。
特に獣族の場合、拳につけたナックルで攻撃し、剣は使わない。
攻撃に使わない剣を持っていては戦いにくいため、周囲の者が光らせるのだ。
『ダークゾーン』の中でも止まらない攻撃に、神閻馬は『廻る闇』や『影の荊』を発動し、強力な後ろ蹴りや突進で反撃。
暗闇が薄れると神閻馬は特級闇魔法『アポカリプス』を発動する嘶きを響かせた。
(むしろ好機にゃ!)
エクトルはそれを待っていたかのように飛び出す。
角の先に黒い球体が現れ、そこから出現した漆黒の龍が襲いかかった。
しかし、その前にミュリエルが『月鏡の剣』を使っているため、魔法反射は準備済みだ。
あえて漆黒の龍に当たりにいくと、反射され神閻馬に吸い込まれる。
エクトルはそのまま攻撃に移った。
「グランドフィスト!」
大技の後には少し動きが止まる。
その隙に渾身の一撃を叩き込んだ。
神閻馬は反撃の『解放』を使うが、エクトルは盾で防御。
そのまま下がったエクトルたちの代わりに、ディオンたちが前に出る。
(本当に順調にゃ)
その入れ代わりはスムーズで、攻撃には余裕さえあった。
約一年半前、ラミントン樹海に神閻馬が出現した時、獣族だけのパーティーはあっけなく壊滅。
エクトルは別件で動いており聞いただけであるが、今の戦いを見ると、その話は本当なのかと思うほど問題なく戦えている。
そして、それはセージが共有した獣族専用職と神閻馬の知識、後衛の支援があるからだとわかっていた。
(本当に不思議な人族にゃ)
知識が沸いてくることも不思議だが、その性格も不思議だ。
ミコノスの里を救った時も、リュブリン連邦への陰謀を止めた時も、何かを求めることはなかった。
獣王になるための方法を伝えた功績は大きく、今回何かお礼をしたいと言えば、郷土料理が食べたい、と答える。
そして、郷土料理を前にして本当に目を輝かせるのだ。
ただ、そんなセージだからこそ、この戦いに協力しセージの言う戦い方を信じて動いている。
(まだまだ余裕があるにゃ。このまま早くHPを削って後半戦に突入するにゃ)
戦闘が順調に進んでいる中で、ピピッピィー!と笛が鳴り響いた。
(現れたのにゃ?)
笛の吹き方はいくつか種類がある。
これは新たなボスが出現した時の吹き方だ。
戦いに加わらず周囲で待機していた者たちが、慌ただしく動いている。
そこにちらりと視線を向けると、人族ほどの背丈もある大きな黒猫が映った。
艶やかな漆黒の毛並み、丸々としたフォルム、獣族猫科のように光る目、ニンマリと笑う口からのぞくギザギザの歯。
木の枝の上にも関わらず、バランスよく
(やっぱり出てきたにゃ。あれが闇の精霊ケットシーにゃ?)
混沌地帯にいるボスと言えば神閻馬。
上級職獣王の取得により戦闘能力が向上した者たちは様々な場所でランク上げに精を出し、混沌地帯にも繰り出した。
そこで神閻馬との再戦を果たすことになる。
しかし、しばらくすると逃げるしかない。
今のように邪魔をされるからだ。
それをセージに伝えたところ、出現した魔物は闇の精霊ケットシーだと当然のように答えた。
そして、実際に戦った者より詳しくどんな魔物なのかを説明していた。
エクトルとしてはまだ半信半疑だが、今のまでの戦いを見る限り、嘘ではない様子だ。
「ルシィ! 行くよ!」
セージはルシールを連れ、パーティーを抜けてケットシーに向かう。
そのことにエクトルは一抹の不安を感じていた。
マルコムとディオンパーティーから後衛が一人抜け、闇の精霊に二人だけで挑むからだ。
でも、それはセージが決めたことで、現状はそれで戦うしかない。
(でも……なんでちょっと嬉しそうなのにゃ? やっぱりセージはわからないにゃ)
ケットシーを見てから少しテンションの高くなったセージを奇妙に思いつつ、エクトルたちは神閻馬との戦いを続けるのであった。
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