第260話 エクトル1
リュブリン連邦ミコノスの里の戦士エクトルは神閻馬との戦いに向けて森の手前で待機していた。
神閻馬はラミントン樹海から混沌地帯に逃げ込んでいる。
混沌地帯の面積はその南北に広がるラミントン樹海に比べて狭いが、真っ暗なので探索しにくい。
しかし、獣王のランク上げにも使われているため魔物の数はかなり少なくなり、さらに事前にセージとルシールが仲間集め兼調査をしていた。
ある程度、居場所の目星はついている。
そこまで時間がかからないはずであり、いつでも駆け付けられるように準備をしていた。
神閻馬の捜索をしているのは獣族の別の部隊。
混沌地帯は真っ暗闇だが、獣族は聖騎士になれないため、光魔法『ルーメン』が使えない。
獣人族なら使えるが、獣人族は獣王になれないのでステータスが低いのが難点だ。
普段はしばらくの間発光し続ける光玉という道具を使用するか、もしくは松明で行動している。
ただ、今使われているのがセージが持ってきた『キュオスティの剣』という装備である。
剣を掲げると一定時間光り、光玉や松明よりもよく見通せ、火ではなく安全性も高い。
さらに使い捨てでないので経済的だ。
剣としての性能はともかく便利である。
捜索部隊は剣を掲げて移動し、剣を置いて戦うという方法で探索していた。
そして、捜索隊が神閻馬を見つけるまでは待機である。
随時報告される探索場所を確認しつつ、それぞれが自由に過ごしていた。
「少し落ち着いたらどうだ」
エクトルの近くにいたミュリエルに声をかけたのはカイルだ。
カイルとミュリエルは援軍としてやってきた冒険者パーティー『悠久の軌跡』である。
今回は獣族と人族の混合パーティーになるため、エクトルのパーティーは双子の弟ユベール、獣族の族長アニエス、そして、カイルとミュリエルの五人である。
カイルとミュリエルは以前ここで暮らしていたことがあるので、エクトルも良く知っていた。
「そうは言っても神閻馬討伐だよ? 落ち着かないのはあたしだけじゃないと思うなー。そうじゃない?」
そわそわと落ち着かないミュリエルはエクトルに話を向ける。
エクトルもその気持ちはわかった。
神の魔物である神閻馬、さらには乱入してくる魔物に対して自分がどこまで戦えるのか。
戦い方は聞いているが、それが正しい保証もない。
緊張と不安が混ざったような状態で落ち着かないのだ。
「わかるにゃ。我も落ち着かないにゃ」
エクトルが正直に気持ちを言うと、不満そうにしていたミュリエルはパッと笑顔になる。
「だよねー! ほら、カイルが落ち着きすぎなんだよ! わくわくしないの?」
(ん? わくわくするにゃ?)
「まぁ多少はな。でも落ち着かないほどではない」
(カイルもなのにゃ? どういうことにゃ?)
「わかってるけどさー。わくわくしちゃうよね?」
再度ミュリエルから振られたエクトルは隣にいる双子の弟ユベールの方を向くと目があった。
それだけでだいたい考えていることがわかる。
そして、その顔は意味がわからないという顔だ。
「わくわくはしないにゃ」
「あれ? そうなの?」
「そうにゃ。今まで神閻馬を倒した者はいないにゃ。どうなるかわからない戦いに挑むなら落ち着かないのも当然にゃ」
「どうなるかわからない? あっ、そっか。セージのことあまり知らないもんね」
そう言ってミュリエルはカラカラと笑う。
(セージのことを知っていたら何なのにゃ?)
セージは魔法に長けた人族で、神閻馬について詳しい。
今回の作戦もセージが説明していたので、そのことはわかっている。
ただ、そんな仲間がいるからといって不安がなくなることはない。
神閻馬の詳しい言い伝えがあったとしても、それが事実かどうか、全て書いているかどうか、実際に戦った者でないとわからないからだ。
「まぁセージのことはよくは知らないにゃ。それがどうかしたにゃ?」
「セージを知ってたら不安はなくなるだろうなって思ってねー。神閻馬の動きも戦い方も聞いてるでしょ?」
「聞いたにゃ。やけに詳しかったにゃ。でも、それが正しいかは戦ってみないとわからないにゃ」
神閻馬がどんな特技を持っていてどんな動きをするのか、その対策はどうするか、その全てはセージが解説していた。
それは前回の戦いで知らないはずの、神閻馬が逃げる行動をとった後の変化についてもある。
エクトルが不思議に思うのも当然だった。
「うーん、何か追加の動きはあるかもしれないってセージが言ってたから気を付けないといけないけど、信じていいと思うよ?」
「どうしてにゃ? セージも実際に戦ったのは前の戦いだけって言ってたにゃ」
「前の戦いで言っていたことは正しかったよね?」
「……それでも今回とは違うにゃ」
(どうしてそんなに信じられるにゃ? 国の使徒とかいう役職だとしても、まだ十四歳の人族にゃ)
かつてリュブリン連邦の成り立ちの時に神閻馬との戦いがあり、その口伝が残っていてもおかしくはないだろう。
しかし、その時でも混沌地帯に追いやっただけで倒したわけではないのだ。
その後の誰も知らないことを知る十四歳の人族というのは違和感しかない。
耳を反らして不満そうにするエクトルにミュリエルは笑って答える。
「信じられないのも無理はないけどね。でも、あたしはセージのことを信じてる。セージが自信を持って倒せるって言ったんだから、あとはどう倒すかってだけ」
「一緒に戦ってみればわかることだな。そうすれば理解できる、いや感じられるものだ」
ミュリエルに同意するカイル。
二人の顔に迷いはない。
「まぁ何があってもあたしたちがなんとかするし、大丈夫だよ!」
(すごい自信にゃ。でもその実力はあるにゃ)
以前、エクトルはカイルたちと模擬試合をしたことがある。
その時、レベルが同じだったにも関わらず、勝てず、一番弱そうに見えたマルコムでさえ、全く倒せる気がしないくらいだ。
今は獣王になり、昨日、神閻馬戦に向けて一緒に魔物狩りに行ったが、カイルたちはさらに強くなっていた。
「でも、どうしてわくわくするにゃ? 戦いが好きなのにゃ?」
「違うよー。セージが戦いを予想してるでしょ? それを上回りたいなぁと思ってね!」
「無茶はするなよ。一部技が変わる可能性があるってセージが言っていただろう」
「わかってるってー! 今回は大人しく支援に回るからさ。でも、かなり安全をみてるでしょ? もうちょっと攻められると思うんだよねー」
カイルとミュリエルの軽いやり取りに、エクトルは少し羨ましくなった。
セージとルシール、カイルとミュリエル。
ふとした瞬間に仲の良さを感じるのだ。
そして、隣にいた弟のユベールがそんな二人を見ながら言う。
「エクトル、我はこの戦いが終わったらアニエスに結婚を申し込むにゃ」
エクトルは目を真ん丸にしてユベールを見る。
ユベールはアニエスに視線を向けていた。
アニエスはセージとルシールと共に話し込んでいる。
今回はアニエスのパーティーとマルコムパーティー、ディオンパーティーの三つだ。
マルコムパーティーはセージ、ジェイク、テランス、ノエラ。
ディオンパーティーはルシール、ヤナ、マルゴ、トマ。
セージ、ルシールがリーダーにならないのは途中で抜ける可能性があるからだ。
「な、なんで今そんなことを言うのにゃ?」
ユベールがアニエスのことを想っているのはわかっていたことだが、突然のことで動揺してしまう。
「我は抜け駆けはしないにゃ。エクトルはどうするつもりにゃ?」
今度は真剣な眼差しをエクトルに向けた。
その瞬間、ピィーと笛の音がなる。
(こんな時に見つかったにゃ!)
「行くにゃ!」
全員がアニエスの号令で走り出した。
再び笛の音が響き、その音を頼りに森の中を進んでいくと、光り輝くキュオスティの剣に照らされた神閻馬が姿を現す。
(まずは戦いに集中にゃ!)
エクトルは複雑な気持ちを抱えつつ、神閻馬との戦闘を開始するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます