第259話 リュブリン連邦
リュブリン連邦、ミコノスの里。
その里長となったアニエスは警備の者から知らせを聞き、その現場に向かって全力で走っていた。
(失敗したにゃ! 予想しておくべきだったにゃ!)
アニエスは後悔しながら里を駆け抜ける。
その速度は凄まじい。
アニエスは獣族専用上級職『獣王』になった。
そして、レベル70になったアニエスは、AGIがカンストしている。
これはセージがもたらした力だ。
セージが獣戦士の像を置いたことで、誰もが職業『獣戦士』そして『獣騎士』になれるようになった。
さらに生産職『振付師』のマスター方法を伝授され、さらに上の職業『獣王』になるルートが確立されたのである。
ランク上げは簡単ではないが『獣王』になれるとなれば必死にもなるだろう。
その中でもアニエスは『獣王』になるのが早く、マスターまでしている。
その力を発揮し、アニエスはその現場に駆けつけて叫んだ。
「セージ! 来るとは聞いていたけど飛行魔導船で来るなら先に言っておいてほしいにゃ!」
「あっ! アニエスさん!」
そこにいたのは飛行魔導船から出てきたばかりのセージとルシールだった。
急に飛行魔導船が里内に入ってきたということで大騒ぎになっていたのである。
通常、リュブリン連邦に他国であるグレンガルム王国の飛行魔導船が降りてくることなどない。
実際にはストンリバーの飛行魔導船だが、他国ではまだグレンガルム王国の物という認識が強かった。
「皆! 大丈夫にゃ! その人族はセージにゃ!」
アニエスはセージが来ることは知っており、非常識なことをするのはセージしかいないとわかったが、他の者は違う。
グレンガルム王国から飛んできたと思い、警戒して飛行魔導船を取り囲んでいた。
だからこそ仲間の報告を聞いて、急いで駆けつけたのである。
以前、神閻馬戦後にバーベキューを開催したこともあり、セージのことを知っている者は多かった。
ただ、その一日しか会っておらず、セージは成長期だ。
さらに装備も一新されているため、獣族からすると人族であるセージを識別することは無理に等しい。
セージということを聞いて警戒を解き、敬礼の姿勢をとる獣族たち。
そんな中、セージとルシールは飛行魔導船から降りてくる。
「いやーすみません。なんだか最近は移動といえば飛行魔導船を使うのが普通になってしまって。やっぱり便利なんですよね」
セージたちのランク上げの旅はストンリバー神聖国内を飛行魔導船で移動しながら魔物を乱獲するという方法だ。
そこまで距離は離れていないため、馬車移動をすることも可能ではあるが、魔物の襲撃に警戒し、通る町でも気を使い、効率は明らかに悪くなるだろうだろう。
さらに多様な魔物に会うため、山、森、川、洞窟、峡谷、荒野、平原などなど多様な地域に行く必要があり、さらに大量発生が起これば急行する必要がある。
加えて、夜に移動することも可能となると、飛行魔導船を選ぶしかない。
「便利、で使えるほど飛行魔導船は普通じゃないにゃ」
ただ、アニエスからすると普通は手軽に使えるような代物ではないのである。
ため息をつくアニエスにルシールが口を開く。
「私も手紙の内容を確認すればよかったな。今度から気をつけよう」
今までもセージから手紙を出しており、事前に訪問する目的は伝えるようになっていた。
ストンリバー神聖国内であれば簡単に伝えていても問題ないのだが、他国となれば異なる。
セージとしては友達のところに遊びに行くくらいの気持ちだったのだがそういうわけにもいかない。
ルシールは手紙の出し方なども第一学園で一応学んでいるため、セージよりはちゃんと書けるだろう。
そして、ルシールの声を聞いて「にゃ?」と首を傾げるアニエス。
アニエスはルシールとは初対面だった。
「私は冒険者のルシールだ。よろしく」
「よろしくにゃ。我はミコノスの里長アニエスにゃ。ルシールは新しいセージの仲間にゃ?」
アニエスは前にセージと行動していたシルヴィアだと思っていたのである。
獣族から見るとシルヴィアとルシールは似ており、声を聞くまで気付かなかった。
「仲間、というよりも婚約者だな」
「そうだったの……にゃ!? セージに婚約者がいるのにゃ!?」
「そうですよ。来年に結婚予定です」
「にゃにゃ!? セージは何歳なのにゃ!?」
「十四歳ですよ」
「若いにゃ! むしろ子供にゃ……我はまだ婚約もしてないのににゃあ。もしかして人族はそれが普通にゃ?」
「そんなことないです。普通は二十歳くらいでしたっけ。そもそも十五歳以上じゃないと結婚できませんからね。僕は十四歳だから結婚できないんですよ」
ショックで尻尾が力なく下がるアニエスはふと思い出す。
リュブリン連邦にもストンリバー神聖国ができたことが伝わっており、そのトップがセージであることも知っていた。
「セージは王様になったんじゃないのにゃ? 十四歳で結婚できるように変えないのにゃ?」
「それは……ありかも? いや、まぁ個人的な理由で変えるわけにはいきませんし、それに王様じゃないですから」
「にゃー、使徒様って言うんだったかにゃ? 王様と何が違うのにゃ?」
セージは国王であることを拒否したが、神聖国のトップであることに変わりはなかった。
とはいえ、そこに存在するだけでよく、仕事もなければ縛りもないのである。
神の使徒には『神の宣告』『使徒の言葉』という最上位の強制力がある権限を持ち、実質国を自由に動かすことが可能だが、セージがそれを使うことはない。
「それは……どうなの? 国務に関わらないとか?」
「でも方針は示しているな。まぁそれくらいだが」
セージの発言にルシールが答えるが、ルシールとしても神の使徒の役割はわからなかった。
「じゃあ……ほぼ仕事をしない国王みたいな?」
「それは最悪じゃないのにゃ?」
「ですよねー」
「本人がわかってない役職とか意味がわからないにゃ。ルシールは婚約者がこれでいいのにゃ? ルシールに仕事が回ってくるんじゃないのにゃ?」
「いや、私は冒険者であるルシール自由騎士団の団長だ」
「にゃ? 使徒の妻になるんじゃないのにゃ?」
「それはそうだが、私の役割は冒険者だ。いや、セージの騎士か。何にせよ、私がやることは変わらない。セージを守り、民を助ける。それだけだ」
ルシールの目指すところは決まっている。
たとえどんな立場になろうとも、それは揺るがないことであった。
ルシールもセージも自分のやりたい方向に突き進んでいる。
そんな二人を見て、アニエスは「やっぱり夫婦って似てくるのにゃー」と呆れたように、そして少し羨ましそうに言った。
「それはそうと、ディオンさんいますか?」
「我を呼んだにゃ?」
集団からスッと登場する元里長のディオン。
ディオンはしばらく人族の町にいたが、ウィットモアの件が落ち着いたので、よくリュブリン連邦に帰ってきている。
隠居の身のようになっているが、この騒ぎを聞いて様子を見に来ていた。
「ディオンさん! お久しぶりです!」
「久しぶりにゃ。元気にしてるにゃ?」
「最近ランク上げが終わって、ちょっと悩み中ですね。ディオンさんはどうですか? マスターしました?」
以前、ウィットモアから混沌地帯に入るときディオンと再会し、振付師のマスターを手伝っていた。
その時はまだマスターまでしておらず、リュブリン連邦に帰ってきてからマスターしたのでセージは知らなかった。
セージから聞かれたディオンは力強く頷く。
「当然にゃ。あの後振付師をマスターして、上級職の獣王までマスターしたにゃ」
「おおっ! 獣王! やっぱり獣族専用上級職がありましたね!」
「セージはわかっていたにゃ?」
「いえ、でも予想はしていたんですよ。他にも獣王になった者っています?」
「いるにゃ。獣戦士の像を置いたのも、振付師のランク上げを広めていいって言ったのもセージにゃ。獣王になるのは当然にゃ」
「レベル70の獣王って何名いますか?」
「どうだったかにゃ。アニエス覚えてるにゃ?」
「十名くらいにゃ。獣王になった者はもっといるにゃ。でも最近魔物を狩りすぎてレベル上げもランク上げも難しいにゃ」
「なるほどなるほど」
「どうしたにゃ? 戦力がいるにゃ? セージのためなら手伝うにゃ」
アニエスはそう提案する。
以前、セージはアニエスとミコノスの里を助けており、さらに獣族たちに上級職への道を示した。
これほどまでの恩があるセージには、むしろ協力させて欲しいと思うくらいだ。
「それは助かります。ここに来た目的の一つは神閻馬を倒すことなんですよね」
「……なるほどにゃ。さすがセージにゃ。そもそも神閻馬は倒せるのにゃ?」
セージはクククと不敵に笑い「やつは四天王の中でも最弱」と答える。
アニエスは首をひねって耳をピコピコと動かした。
「四天王って神の魔物のことにゃ?」
「まぁ、そんな感じですね。厄介な特技はありますけど、物理攻撃に弱いですし、耐久力も低いですから。逃げないように対策をすれば、倒すことはそんなに難しくないんですよ」
「でも、神閻馬との戦いには邪魔も入るにゃ」
ランクやレベル上げのために混沌地帯へ入っていたので、神閻馬と戦うことがあった。
その時に必ず邪魔が入るのである。
それについて手紙で聞いていたので、セージは「それもちゃんと考えていますよ」と答えた。
「さすがはセージにゃ。とりあえずは手伝うにゃ。何名必要にゃ?」
「ディオンさんとアニエスさんの他に六名お願いします。ただ、一点注意することがあるんですけど」
セージはアニエスとディオンを手招きして「神閻馬を倒したら、たぶん獣王のさらに上の職業になれます」とコソコソと話した。
すると二者とも目をまんまるにして毛を逆立てる。
「そ、それは本当にゃ?」
「僕の想定ではそうですね」
(セージの想定なら確実にゃ。上級職になってもう極めたと思ってたにゃ。まさかさらに上があるなんにゃあ)
「でもなんで内緒話にしてるにゃ? これは言ったらダメなやつにゃ?」
「いえ、別にいいんですけど、こういう話はあまり広めない方がいいのかと思いまして」
(にゃ? セージがそんなことを言うのにゃ? これはヤバイにゃ)
セージは職業に関してそれほど隠す気はないが、それでも今までの経験から周りに大きな影響を与えてしまうということを学んでいた。
逆にセージがそんな気遣いができるようになっていたことにアニエスとディオンは驚く。
そして、神閻馬を倒すメンバーだけが上の職業になることは悩ましいことだ。
「この件に関してはしっかり検討するにゃ。討伐はいつにするにゃ?」
「悠久の軌跡を呼んでいて、おそらく何日か後に到着すると思います。それから討伐に動くつもりです。あっ神閻馬の捜索も手伝ってもらえますか?」
「当然にゃ。その準備はしておくにゃ。セージは我の家で休むといいにゃ」
「ありがとうございます。でも僕はとりあえず魔物を仲間にしに行くのでその後にしますね」
「魔物を仲間にする……にゃ?」
「あっ、そうなんです。魔物を仲間にする職業になったので魔物集めをしてるんですよね。ここに来た目的のもう一つは魔物を仲間にすることなんですよ」
「にゃー……ちょっと何言ってるかわからないにゃ」
「簡単に言うと、生産職を全部マスターしたら魔物を仲間にできるってことです。スラオ、出てきて。ほら、こんな感じで」
セージのリュックから、にゅるっと出てきたスライムにビクッとするアニエス。
「……あとでちゃんと聞くにゃ。とりあえず行ってくるといいにゃ」
そわそわしているセージを引き留めることはできない。
アニエスがそういうと、セージは「それじゃあ、また後で」と言ってルシールと共に走り去る。
「やっぱりセージはセージにゃ」
我が道を突き進むような姿を見て、ため息をつくように言う。
アニエスは使徒になったセージが来ると聞いて少し緊張していたのだが、その変わらない姿に安心感を得るのであった。
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