第258話 神寿龍

 神寿龍は十年前と二十年前にセージと名乗る人族と戦ったことがある。

 その時、敗北を積み重ねた。

 神寿龍は植物魔法と治療魔法を得意とする魔物だ。

 自動復活魔法により、HP0になろうともすぐに復活する。

 それでも、敗北という結果は残った。

 その始まりは二十年前のこと。


 ここより遠く離れた場所で、ある者に戦いを挑まれた。

 龍族として当然受けたのだが、その途中で援軍として数パーティーが現れる。

 その中で一段強いパーティーがあり、そのリーダーがセージであった。

 当時は強いと言ってもそれなりで、圧倒的な強さを持つ神寿龍と比べたら弱い。

 それでも、セージをメインとする多くの人族の集団に囲まれて、さすがに倒されてしまった。


 龍の掟には龍に勝った者の名前を聞くというものがある。

 神寿龍はセージを認めて名前を聞いたのだ。

 そして、人族にしては強い者がいるなと思いながら、その場を去った。


 後になって、この時はまだよかったと思うことになる。

 神寿龍は移動中であり、一度しか戦わなかったからだ。

 そう、一度きりのイベント戦だったのである。

 その後、旅の途中で美しい森を発見し、そこを拠点として決めた。

 しかし、間もなくセージと再会することになる。


 なぜか。それはFSシリーズは同じ時代で別の地域というナンバリングがあるからだ。

 つまり、FS12で倒されたあと、移動した先、FS15のフィールドで別のセージにあった、ということである。

 そして、激戦の末に敗北した。

 まさか、人族のたった一パーティーに倒されるとは思わず、感心さえしたものだ。

 これが地獄の始まりだと知らずに。


 その後、セージが来たのは一度ではなかった。

 何回も、何十回も戦いを積み重ねる。

 どんどん速くなる討伐速度。

 神寿龍は思った。

 この者はなぜ自分との戦いにこれほどまで駆り立てられるのかと。

 実際のところ、レアドロップ狙いだったのだが、そんなことを神寿龍は知らない。


 幾度となく淡々と挑んでくる狂人と神寿龍はもう戦いたくはなかった。

 けれども、戦いを挑まれれば受けなければならないという龍の掟がある。

 逃げるなんてことはしてはならない。

 強者としての掟が、これほどまでに自身を苦しめることになるとは思っておらず、龍の掟を恨めしく思った。


 しかし、セージはある時を境にピタッと来なくなる。

 その隙に神寿龍は引っ越しを決意した。

 これは逃げではない。

 美しい森にはセージ以外も度々人が来ることがあり、邪魔だったからだ。

 もう少し落ち着いた所に住みたいと思うものだろう。


 そう言い訳した神寿龍は、再びセージに狙われることがないよう遠く離れ、森の奥深く、人族の近づかない場所を探し出した。

 もちろんそれだけではない。

 神寿龍は自らを鍛えた。

 新たな技の開発、技の威力の向上、人族に対する動きの研究。

 セージ対策をしつつ、平穏な日々を過ごせるようになった。


 そして、自分でもわかるほどに強くなった神寿龍。

 魔王が侵略を強めているという噂を聞いた時、十年前の記憶がふわりとよみがえったが、神寿龍が逃げることはない。

 もし来たとしても返り討ちにしようと考えた。


 そして、案の定セージが現れる。

 FS12から十年後、FS13のセージだ。

 そこで神寿龍は安定した戦いを繰り広げ、勝ちきる。

 そう、初めてセージに勝ったのだ。

 新たな技が功を奏してリベンジを果たし、喜びにうち震えた。

 この時の喜びは龍生で一番といえるほどだ。

 その勝利が最初で最後になるとは知らずに。


 しばらくして再度挑戦してきたセージと激戦を繰り広げ敗北。

 その次も敗北。

 そこからは再び始まったひたすら狩られる日々。

 五度目の戦いではもう勝てるイメージすらなくなった。


 手も足も出ない、というわけではない。

 神寿龍のダメージはしっかり入り、いつも激戦になっている。

 ただ、何度も戦って気づいたのだ。

 ギリギリ負けているのではなく、討伐速度を上げるためにあえてギリギリを狙っているのだと。

 それに気づいたところでどうしようもなく、何度も何度も挑まれ、嫌になるほどボロボロにされた。

 復活魔法がある神寿龍の身体は全く問題ないが、精神的なダメージは大きかったのだ。


 その後、再度ピタッと来なくなった時、人族どころか他の種族も寄り付かない、魔物以外いない場所、険しい山の頂上へ逃げる、いや、拠点を移す。

 そこから十年、平穏な日々を過ごした。

 唯一の楽しみは神海龍が持ってくる人族の食事だ。

 人族の食べ物や酒、エルフ族の果物は美味しい。

 実は今まで人族やエルフ族の町からそう遠くないところを選んでいたのは食事のせいだった。


 そして、今『セージ』という名前を聞き、引きこもり生活が崩れ去る想像が駆け巡る。

 神寿龍は、掟を守らずよりにもよってセージに喧嘩を売った神海龍、そして、戦いを挑むなら山の頂上に来いと言ってしまった自分を恨んだ。

 大丈夫だろうという油断が招いてしまったことである。


 それは、セージが現れる予兆がなかったことと、装備や発言のせいだ。

 神寿龍は、魔王が侵略を進め、国が荒れるとセージが現れるという法則性を見つけていた。

 そこで、魔王が侵略しているという噂を聞けば、別の地域に逃げよう、いや、騒がしくなるため転居しようと考えていたのだ。


 さらに、セージの姿は毎回ことなるが、装備は似通っていることにも気づいていた。

 かつてのセージ、ゲームで登場したセージは基本的に神寿龍対策装備で戦っている。

 神寿龍がいるとわかっていて対策しないことはないだろう。


 それに、基本的にエンドコンテンツのため、最強装備に近くなる。

 多くの装備はナンバリングが変わっても引き継がれることが多いため、神寿龍と戦うときは似た装備になるのだ。

 しかし、今は全てガルフ特製装備。

 しかも神寿龍対策なんてしていない。

 当然、神寿龍の見たことのない装備になる。


 加えて、受け答えも全く違う。

 今までは『はい』『いいえ』だったのだ。

 勢いよく『戦いません!』なんて言うことなどなかった。


「そなたは、あの『セージ』か?」


「あの、とは?」


「十年前や二十年前に会った時のことだ」


 それを聞いたセージは「あー」と小さな声を出して少し考え事をした後に答える。


「あの時のセージとは別人ですよ」


 神寿龍はその言葉で理解した。

 絶対に知っているやつだと。

 急な質問に何のことかを理解して答えられる時点でおかしいのだ。

 出会ったときにした、十年前はどうしていたのかという質問に、この国にいたという答えはなんだったのか。

 何にせよ、目の前の人族があのセージだと察し、神寿龍は絶望した。


「そなたは何を求める?」


 そして、聞いてしまった。

 何でもやるから来るなと言いたくなったが、それは堪えた。


「何を求めるって、どういうことですか?」


「ゆくゆくは挑みに来るつもりだろう?」


「まぁ、そうですね」


 しれっと答えるセージに神寿龍は震える。

 しかし、そんな感情を気合いで抑えた。


「しかし、戦いは今までに十分した。同じ者と何度も戦い続けるのも飽きる。もういいだろう。そうではないか?」


 その遠回しに戦いを避けようとしてくる神寿龍にセージも困惑している。


「えっと、まだ僕は戦ってないんですけど……もう戦わないということですか?」


「いいや、そうではない。挑まれれば戦ってやろう。ただ、戦う目的があるのだろう? それが何かと思ってだな」


 神寿龍は言い訳っぽくいう。

 ただ、本当にそれは気になっていたことだった。

 ある瞬間を境にピタリと来なくなるのは何か目的があったからなのだろうと想定していた。

 今後挑まれて戦い、もし勝ったとしても、その先には地獄が待っている。

 それがわかっている神寿龍は、戦いを挑まれる前にそうならないための対策を取るべきだと考えたのだ。


 神寿龍の気持ちを知らないセージとしては不思議な感覚になりつつも、はっきりと答える。


「目的は、神寿龍さんの鱗ですね」


 神寿龍は強い。

 それは間違いない。

 エンドコンテンツの中でも上位の強さを誇る。

 対策をしても倒すのには時間がかかり、その割に経験値もおいしくない。

 つまり、力試しくらいにしかならないのだが、唯一倒す理由があるのは、稀に出る『龍の鱗』というドロップアイテムくらいだろう。


 セージは稀にしか落とさないアイテムを複数個確保するために神寿龍をループで倒していたのだ。

 これが確定ドロップであればお互いに幸せだったのであろうが、仕方のないことである。


「私の鱗が欲しいのか?」


「そうですね。とある防具の作製に使えるので」


 神寿龍は自分の鱗がそれほど価値があるものだと知らなかった。

 一部に生え変わる部分がある。

 勝手に取れるのでたいしたものではない。


「鱗くらいなら持っていって構わんぞ。山頂に落ちているはずだ」


「えっ、助かりますけど、いいんですか? 戦ってもないのに」


「戦わないと鱗を渡してはいけないという掟などない。落ちていても邪魔なだけだ」


「じゃあ取りに行きます!」


 こうして神寿龍は戦いを避けることに成功し、セージは楽に鱗を手に入れることに成功したのであった。

 ちなみに、後になってルシールが戦いを挑みに行くのだが、それはまだまだ先の話である。

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