第257話 神海龍と神寿龍
「こんなところで人族と戦っているとはな」
そんな言葉と共に現れた神の魔物『神寿龍』により戦闘が止まる。
セージは厳しい表情になり、ルシールは魔物がしゃべったことに驚き、神海龍は嫌そうな顔をした。
(神の魔物の二体同時はやっちゃ駄目だろ! しかも神寿龍!)
神海龍は海で最強だが、地上でそこまでの力はない。
しかし、神寿龍は違う。
神の魔物の中でも強く、森のフィールドを得意とし、レイドボスを除くと最強の一角である。
セージの方を見る神寿龍に、神海龍は舌打ちしてから「お前には関係ないだろ」と答えた。
神寿龍はそんな態度を受け流して、セージとルシールを観察するようにじっと見ている。
(なんだ? 絶対戦わないぞ? 神寿龍なら戦いを避けれるかもしれないけど、もし戦闘になるなら逃げ一択だ。逃げきれる……か? 神海龍は回復薬に頼って全力で逃げればたぶん振り切れるはず。途中で別の魔物に会ったりしなければだけど。神寿龍は森を抜け出せばなんとかなる、とはいっても結構遠いぞ。こんなことならスラオにゴネットを呼んできてもらって飛んで逃げればよかった。とりあえず逃げやすい方向は……)
神海龍なら勝てると思っていたが、そこに神寿龍が加わると異なる。
いくら強くなろうとも、神の魔物二体同時は厳しい。
そもそも、二人パーティーで今の装備だと神寿龍だけでも厳しいのだ。
気軽に戦えるような状態ではない。
逃げる算段を立てるセージに神寿龍が口を開く。
「人族よ。一つ聞くが十年前は何をしていた?」
(はっ? なんで? 十年前はこの世界にいなかったけど……)
「十年ほど前はこの国の孤児院で生活していました。ルシィさんは学園?」
急な質問に困惑しつつも、そう答えるセージ。
ルシールもさすがに困惑している。
「いいや、私はまだ学園に入る前、実家で剣の訓練をしていた頃か」
「二人ともこの国にいたということだな?」
念を押すかのように確認する神寿龍にセージは頷く。
「そうですけど、それがどうかしましたか?」
そんな答えに神寿龍は満足そうに頷いた。
「それならいいのだ。それで、この山に来たということは、私と戦いに来たのか?」
「違います! 戦いません!」
(こんな状況で勝てるわけないし!)
即答するセージに、神寿龍は一息ついてから、ククククッと笑った。
「それならいい。我々は戦う意思のないものとは戦わない。挑まれれば必ず戦う。それは龍の掟だ」
(えっ、そうなの? そんな設定あったんだ。確かに神寿龍だけは戦闘前に必ず選択肢があったけど。というかよかったー)
ゲームで神寿龍と戦う時、ほとんどの場合で『はい』『いいえ』の選択肢が出てきていたことを思い出す。
戦闘するかを選べる魔物は神寿龍だけだった。
そもそも会話ができる敵はほとんどいないのだが。
さすがにホッとするセージ。
それを見て、神寿龍が神海龍に厳しい目を移す。
「それで、なぜ龍の姿になっていない?」
「うるせぇな。ここならこの姿の方が戦いやすいんだよ」
「まさか、龍の姿を見せていないというのではないだろうな」
正々堂々と勝負するため、龍の姿を見せた上で戦うのは当然のことである。
たいていはそんな姿を見せただけで戦う気は無くすからだ。
しかし、神海龍は「うるせぇなぁ。見せてはないけど……」と顔をしかめて答える。
「またか、お前は何度言ったら――!」
「うるせぇって言ってんだろ!」
(よし、そのまま神寿龍と喧嘩してくれ!)
言い合いを始める神寿龍と神海龍を応援するセージ。
うやむやになって戦いがなくなればいいと思っていた。
「ってか戦いの途中に割り込むのはどうなんだよ! それはいいのか!?」
その言葉にグッとつまる神寿龍。
変身ができるのは神海龍だけなので、変身前の姿を見せなきゃいけないという掟はない。
一度始まった戦いを邪魔する方がマナー違反だろう。
「まぁいい。人族よ。私は山の頂上にいる。戦いを挑むのなら来れば良い。相手をしてやろう」
そう言って去ろうとする神寿龍をセージは「ちょっと待ってください!」と引き止める。
「さっきは戦いたくないと言ったのに神海龍さんとの戦闘が始まったんですけど。龍の掟があるのは神寿龍さんだけなんですか?」
それを聞いた神寿龍は「なに?」と振り向き、神海龍を睨む。
睨まれた神海龍はセージを睨むが、セージは気づかないふりをした。
(よし、この調子で神海龍との戦いも終わろう!)
セージにとって神海龍と戦うメリットはない。
変身状態の神海龍は倒されそうになると、海に来いと言い残して逃げる。
海に行くと会えるが、そこで戦うことは困難であり、海のフィールドで神海龍を倒すのは無理と言えるレベルである。
実質、アイテムも経験値も何ももらえないという魔物なのだ。
「どういうことだ?」
神寿龍は黙って目をそらす神海龍を責めるように言った。
しかし、そんな神寿龍に神海龍は言い返す。
「そいつはそういったけど、あいつは戦いたそうにしてたから」
指を向けられたルシールは無言のまま首を振った。
実際、セージが否定していたので、ルシールは戦いたいと思ったわけではない。
戦うことになったらどう戦うか、ということを考えていただけである。
「おいっ! 俺を睨んでただろ!」
「また、そんなことを言っているのか! この間掟を守れと言ったばかりだろう!」
「本当なんだって! おい! そこの人族! 何とか言えよ!」
神海龍がルシールに言葉を向けるが、ルシールは無言を貫いた。
神寿龍からすると、神海龍は何度も龍の掟に背いたことがあり、信頼性が低い。
実は神寿龍と神海龍は兄妹。
こういうことは今までに何度もあった。
「まったく! しかもそんな姿で不意打ちのように戦いを仕掛けるとは、龍として恥ずかしくないのか?」
「不意打ちじゃねぇし! こいつは俺のこと知ってたから!」
「その姿を知っている人族なんておらんわ!」
「そんなことねぇって! 名前もちゃんと知ってたぜ! お前も神寿龍って呼ばれてたじゃねぇか!」
神寿龍はそこで気づく。
先ほど、自分自身も名前を呼ばれていた、ということに。
そして、嫌な予感が駆け巡った。
「そこの者。なぜ私の名を知っている? ここに来てからは一度も人族と会ったことはないはずだ」
「以前、見た……聞いたことがありまして。ヤク森林やローレンシャン樹海でのことを」
その言葉を聞いて、神寿龍はぞくりと鱗が逆立つような気分になる。
「ほら見ろ! こいつらは俺らのことを知ってんだよ!」
「うるさい!」
今までとは異なる雰囲気に神海龍は眉をしかめた。
「なんだよ。俺らのことを知ってんだからこのまま戦ってても別にいいんだろ」
「そういうことではない! もしかしたらあいつの関係者かもしれないのだぞ!」
(急にどうしたんだ? あいつって?)
セージは困惑したが、神海龍は呆れたような表情になる。
「またその話かよ。あーあ、もうやめだ。おい、お前ら今度は海に来いよ。コテンパンにしてやるぜ。じゃあな」
「おい! 待て!」
その静止を聞かずに神海龍は走りさった。
(さすがに速いなぁ)
取り残された神寿龍とセージ、ルシール。
微妙な雰囲気の中で、神寿龍がギギギッと音がしそうなほど、ぎこちなくセージを向く。
「神海龍が戦いを投げ捨てたということは、そなたらの勝ちだ。神海龍に名を伝えておこう。……そなたの名は?」
(そういえば神寿龍って戦いに勝ったら名前を聞いてきてたな。今回は戦ってないけど。名前になにかあるのか?)
「セージと申します」
戦いがなくなって気楽に答えるセージと対照的に、神寿龍は『セージ』と聞いた瞬間にぶるりと震えた。
そう、神寿龍は過去の悪夢を思い出したのだ。
かつて、セージと名乗る人族に幾度となく倒され続けた経験を。
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