第13話

「若さん、先見えの特技でもあるんかいな?」

口調がいつもの利執に戻っている。

「先見だと?」

まるで慣れた帳面を書きながら雑談をするように利執は話しかける。

しかも後ろに跳躍を続けながらである。

兵助は中段に剣を据えて距離を詰めるが利執の後退の速さに間合いに入れずにいた。


「さっき急に膝を折ったやないか」

「いちいち理由なんて考えていない。あんたは息するのに理由を考えるのか」


利執の目が大きく見開かれた。


「おもろい奴っちゃな」


背丈の倍以上ある民家の屋根に利執が飛び上がった。


「あんたこそ背中に羽でも生えているのか」

「くくく、猫でもできる事ですわ」


屋根の上から見ると佐太郎が走って来る姿が見える。二人揃うのも面倒だと思い背中に潜ませた短剣を抜いた。

これは50cm程の剣身(刃の長さ)で片手で扱うタイプの剣だった。利執の様に隠し持つ短剣であり、反対の手に防御の盾を持ったり馬上で手綱を握る場合に使われるものだ。もっとも利執は盾など持ったことは無い。兵助の大刀に対して攻撃力は大したものではないが頭上から思い切り切りかかった。


強い風で上空には雲一つない。

そして月の出ていない空には満天の星空が広がっていた。


真っすぐに切り込んで来る利執の斬撃を兵助は受け止めた。

ガチッと刃が合わさる音が響いた瞬間に、なんと利執の刃はぐにゃりと曲がって兵助を斬った。利執の剣は外国から取り寄せた刃で出来ていた。

その不思議な反り返りを見た兵助は驚いた。

しかし、もっと驚いたのは利執の方だったに違いない。

普通ならば剣を受け止める時、腕を伸ばした状態から肘を曲げて相手の体とぶつかる事で衝撃を受け止めるものなのだ。したがって、ぶつかった瞬間に50cmの剣身でも兵助の肩から心臓を切り裂いたはずなのだ。

しかし兵助は手首、肘、肩に電流が流れる程の衝撃を感じながらも肘を曲げる事無く斬撃を受け止めた為、右腕の皮一枚を裂かれただけだった。

もしも屋根の上から全体重を乗せた攻撃で無ければ、利執は瞬時に反撃に合い死んでいただろう。「まただ!?」目の前にいる男は戦いの最中に、いったい・・如何なる指令によって戦術を決定しているのか?二度も予知できるはずの無い攻撃を失敗した利執は混乱していた。


「あらま、連尺町の兵助はんやないか。もう十二番を見つけはったんか」


あの美しい着物の男が仲間と共に兵助と利執を取り囲んでいた。




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兵助の剣 -疾風と炎編- 星島 雪之助 @hosijima

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