第五話 心の在処 エピローグ

 数日後。


「そう言えば、カズマくん――小鳥遊清花の様子はどう?」


 回らない寿司屋の個室で、俺と夏姫、カズマくんで夕食を摂っている最中――夏姫が思い出したようにカズマくんに尋ねた。


 談笑で笑顔だったカズマくんの表情が曇る。


「兄さんはホント酷い男ですよ。あの状況であいつの身柄俺に任せようとするんすから」


「だって、聞かれたのは俺じゃなくてカズマくんだったろ?」


 結局――小鳥遊清花は俺が提示した三つの選択肢のうち、どれも選ばなかった。


 奴が選んだのは、『それでも、異能犯罪に苦しむ人を少しでも減らしたい』だった。


 U市の異能犯罪による一般人の被害者の数が他の街にくらべ格段に低いことは、当然小鳥遊清花にもわかっていた。《スカム》の様な組織が本当に異能犯罪の抑制に繋がるなら、《スカム》が小鳥遊清花や佐木柊真の地元であるN市を支配下に置けば、順次N県の市町村を手に入れていけば――他県をも支配できれば、日本は異能犯罪に苦しむ人が減るはずだ、というのが小鳥遊清花の主張だった。


 頭を抱えたのは俺とカズマくんだ。さすがにまさかの選択で、困り果てた俺はカズマくんに決定を委ねた。そのカズマくんも答えが出せず――


 俺とカズマくんは小鳥遊清花の処遇について一旦保留にした。両手を縛った上で目隠しと猿ぐつわを噛ませ、《スカム》の相談役であるところの兼定氏の元へ相談しに行ったのだが――


 兼定氏もまた大いに頭を抱えた。曰く、「どうしてお前は《スカムうち》と揉めた女を儂のところへ連れてくるんだ?」――兼定氏の護衛を務めるシオリは元々兼定氏の腕を落とした張本人であるし、揉めたわけじゃないが栞ちゃんも今じゃ《スカム》への就職を希望していて、一概に否定できないところではある。必死に違うと訴えたが。


 なるべくなら殺したくないという俺や夏姫の気持ちも伝えた上で兼定氏の出した結論は、国外追放――さすがに異能に関わらないと約束させて無罪放免は示しがつかないと兼定氏は主張した。


 それに猛烈な待ったをかけたのがオリだった。自分で衣食を面倒見るし、裏切るようなことがあれば自分が殺すと言って預からせてくれと兼定氏やカズマくん、そして俺に訴えた。こいつの調査力はスカムの役に立つし、佐木柊真も自分を『死人』と理解させてこちらの都合にそって運用できれば、いざというときに必ず《スカム》の役に立つ――そして自分なら、《夜鷹の縄張りホーク・アイ》をコピーされても確実に対処できるとも。


 確かにシオリの《夜鷹の縄張りホーク・アイ》はシオリ個人の技能があって初めて脅威となる能力だ。佐木柊真がコピーしたところで使いこなせるとも思えない。


 それに佐木柊真の能力が貴重なのも確かだ。かつての敵であった《蛇》――あいつのような全く未知の敵に対し、能力をコピーすることでその素性を割ることもできる。


 もちろん、佐木柊真を《スカム》の戦力として運用するのは小鳥遊清花の意志があってのことで、それも《スカム》に信用されるようになってからだが。


 どういうつもりでシオリが小鳥遊清花の面倒を見ると言い出したのかはわからない。俺の口添えで《スカム》で第二の人生とも言える生き方を見つけたのも無関係ではないだろうが、それにしたって俺がシオリを見捨てられなかったのはシオリが俺の育ての親だからだ。今回の小鳥遊清花の件とは状況が違う。


 それでもシオリの訴えは兼定氏には届いた。兼定氏が決めた事なら、俺やカズマくんが言うべき事は何もない。


 そんなわけで、小鳥遊清花はシオリの監視の下、《スカム》の為に働いている。


「――今はシオリの姐さんのトコで行儀見習いしてます。能力を使おうとはせず、姐さんと相談役のお世話係って感じすね。女の新入りだと――まあ、夜の相手なんかをさせられることもあるんすけど、そこは姐さんの肝入りってことで、強制されることもないみたいで」


「そっか。まあ良かった、のかな?」


 カズマくんの言葉に夏姫はそう言うが――……


「どうだろうな。奴の異能――佐木柊真に殺された連中もいるんだし、あいつらの兄貴分たちは面白く思ってねえだろ。俺は殺した体でU市に近づけさせないつもりだったんだよ。それが生きて――それも身内になるんだからさ」


 俺はそう異を唱えるが、それにカズマくんが答えをくれる。


「や、それはシオリの姐さんが小鳥遊を連れて、付き合いがあった連中のとこ一人ずつ回って頭下げたらしいすよ。連中も今じゃシオリの姐さんを信頼してますし、その姐さんに頭下げられちゃ譲歩せざるを得ねえって話で――小鳥遊が顔晴らしてるの見たんで、まあケジメとして何発かいただいたってとこじゃないすかね。姐さん公認で」


「……あいつをうちで抱えるデメリットもあるんだけどな」


「メリットもあるっていうのがお祖父ちゃんの結論なんじゃない?」


「確かにメリットもあるんだけどさ」


 ハイリターンだが、リスクも高い。元々小鳥遊清花は異能犯罪者こっち側じゃないどころか、異能犯罪に強い恨みを持っている。


 ……だからこそ異能犯罪を抑制できる《スカム》に入り、自分も異能犯罪の抑制に尽力するという選択なんだろうけど。


 やりたいようにやったはずなのに上手くいかねえな。まあ、夏姫の意志を汲んでやれたし、良しとしておくか。


「これで目下の心配事はなくなったかな?」


 さび抜きの中トロを口に入れたところで、隣に座る夏姫がそう尋ねてくる。まあ、そうな。他に明確に《スカム》と敵対している組織もないし、U市の心配はせずにT市の件に集中できる――


「はあ、ほうは。ほはに――」


「飲み込んでからしゃべろうね?」


 あ、はい。


 口の中のものを飲み込んで、改めて口を開こうとしたとき――それを制するように軽快なメロディが個室に流れた。夏姫のスマホだ。


 当の夏姫がその着信画面を見て眉をひそめる――発信者の名前が出ない。表示されているのは番号だけ。


 しかし、俺はその番号に見覚えがあった。


「俺宛だ。貸して」


「――はい」


 その言葉で夏姫も察したようだ。手渡されるスマホ――俺はその画面を操作して着信に応答する。


「――俺だ」


『やあ、アタルくん――こんばんは。デートのお誘いだよ。二人で悪者退治と洒落込もうじゃないか』


 電話の向こうから聞こえてきた甘い声は、荊棘おどろ蜜香のものだった。


「ああ、その件だけどな――ちょっと事情が変わってな。出発前に相談したいことがあるんだけど」


『おいおい――まさかやっぱり行かないとか言わないよね?』


「行くさ。言っただろ、銃創の男は俺の敵だ――そうじゃなくて、取引の報酬についてだ」


『ふぅん――そういうことなら顔を合せて話した方がいいかもね?』


「かもな。後でちょっと話そうぜ」


『わかった――でも、後じゃなくて今でもいいよね?』


「――あ?」


 不意にそんなことを言い出す荊棘おどろ


「後でって言ってるだろ。今飯食ってんだよ」


『うん、知ってる』


「――なんだと?」


 嬉しそうに言う荊棘おどろに尋ねると、突然俺たちがテーブルを囲む個室の扉が開かれた。


 そして――


「お邪魔しまーす。やあやあ、一仕事終わって、私もお寿司が食べたくなってね――今なら《スカム》に驕ってもらえるかなって、そう思って馳せ参じたよ」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは、パンツスーツに眼帯姿――造形だけは美しい顔に、歪んだ性格が透けて見える軽薄な笑みを張りつけた荊棘おどろ蜜香本人だった。


 おい――戸籍の話をどうやって白紙にするかまだ考えてねえよ。このタイミングでお前が現われるのは想定外だ。


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【第五話更新中】魔眼の超越者 ―超絶至高の魔眼スキルで裏社会をねじ伏せる― 枢ノレ @nore_kururu

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