第14話 プロローグ
ある日の早朝。いつもと変わらない筈の晴天は、三人にとっては少し違って見えた。
「よし、荷物は大丈夫だな」
エクスは宿屋の自室で大きなリュックに入れた物を確認すると、予め取り出しておいた服に身を包んだ。今日のエクスの服は長袖のシャツだった。アザを隠すため、エクスは長袖を多く買い込んでおいたのだ。
身支度が済むと、エクスは自室から出た。階段を降りて食堂になっている場所に向かう。よく知った優しい香りに誘われるようにして歩いていくと、既にエモとミラが席に座っていた。
「おはようございます!エクスさん」
「おはよう…って、これポトフか?」
「ええ、そうよ。宿屋の主人に頼んで、作らせてもらったの」
エクスの隠し切れていない表情を見て、ミラは微笑んでそう言った。並べられたポトフからは湯気が立っていた。
「私も手伝ったんですよ!」
「へえ、そうなのか」
エモはこの一ヶ月間色々とミラの手伝いをしていたが、宿屋に泊まっていることもあって料理はしていなかった。そのためエクスにとってエモが料理をするのは少し意外だった。
エクスが席につくと、ミラが
「そろそろ食べましょうか」
と言って、三人は朝食を食べ始めた。今日のポトフは温かさが一段と身に沁みた。
エクス、エモ、ミラは町の門の前に立っていた。エクスとエモはそれぞれ身の丈ほどの大きさのリュックを背負っていて、ミラだけが普段の格好をしていた。
「二人共、忘れ物は無い?」
「大丈夫だ」
「ばっちりです!」
「そう……何かあったら、私のいる国に来て。これを見せれば、話を聞いてもらえるはずよ」
そう言ってミラはいつも付けていたネックレスを外してエクスに渡した。
「これ……大切な物じゃないのか?」
「いいの。私にとって、貴方達の方が大切だもの」
「ミラさん……!」
エモは目を潤ませてミラに抱きついた。
「いってらっしゃい、エモちゃん」
ミラはエモの頭を優しく撫でて、そう言った。
「いってきます!」
エモは目元を赤くしながらも、力強く言った。
エモがミラから離れると、今度はミラがエクスにハグをした。
「エクス……」
名前を呼ぶその声は、少し震えていた。
「何処にいても、ずっと応援しているわ」
エクスもミラの声を聞いて、目頭が熱くなるのを感じた。
「ここまで育ててくれて、本当に、ありがとう……!」
「当たり前よ……誰が何と言おうと、エクスは私の子なんだから」
「っ……」
「行って……。私、泣かないって決めたのに、泣いちゃいそうよ」
「わかった……」
エクスとミラが離れてから、ミラは
「それじゃあ、いってらっしゃい」
と、貼り付けたような微笑みでエクスに言った。そして、エクスも潤んだ瞳のまま笑顔を作ると、口を開いた。
「ああ……。行ってくるよ……母さん!」
「……!」
ミラは久しぶりに聞いたその呼び方に微笑みを崩してしまうが、それでも満面の笑みで、
「ええ!」
と、返した。
エクスとエモがミラに背を向けて歩き出す。
「行こう!エモ。目指すは最高の開拓者だ!」
「はい!」
ミラは頬を伝う涙に気にも留めず、その姿が見えなくなるまで見送っていた。
晴天の中に、若鳥が飛び立った。
作品02 成谷 @Naruya
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