&α over the Rain.
いつもの、蕎麦屋。
入る。
「おっ。いらっしゃい」
酒呑みの女性店主が、いつも通り、気さくに声をかけてくる。その優しさが。ありがたかった。
「蕎麦ください」
奥の厨房から、了解という声。
椅子に座って。
じっとしている。
店内のテレビからは、この前の、大雨のニュースが流れていた。
「この前の雨。ひどかったねえ」
「ええ。ほんとに」
涙が。
あふれてきた。
女性店主に悟られないように、カウンターに背を向けて座って。うつむく。
涙は。
ぽつぽつと、床にこぼれていった。
「何泣いてんのさ」
女性店主。背を向けてうつむいているのに。泣いてるのが、ばれてしまう。
「すいません。つい」
自分の涙。
三角形のロボット掃除機が、それをゆっくりとお掃除していく。
「あれ?」
三角形の。ロボット掃除機。
「ああ。こいつかい。この雨が降ったときにさ。なんか、家の前をゆっくり歩いててさ。拾ったんだ」
「そうか。あの日」
家を飛び出したときに。扉を開けっぱなしだったから逃げたのかも。
三角形のロボット掃除機がいなくなったことさえも。気付かなかった。
「もしかして。あんたの家のペットだったりするのかい?」
「あ、まあ、そうですけど。もういらないので。差し上げます」
「ありゃあ。ありがとね」
奥の厨房から、男性が出てきて。
「おまちどおさま」
蕎麦が出てくる。
ふたつ。
泣いたまま。
かぶりついた。
すする。
おいしい。
蕎麦おいしい。
「ゆっくり食いなよ。時間はありそうなんだから」
そう言われたけど。
食べなきゃ、やってられなかった。
ひとつ、食べ終わって。
「おいおい。待ちなって」
女性店主が止めるのも聞かずに。
ふたつめの蕎麦も、食べ始める。
「ぅぐっ」
詰まった。
水を飲んで。
喉をごり押しで開通させる。
「ごほっ。ごほっごほっ」
「言わんこっちゃない」
女性店主。背中をさすってくれた。
テレビのニュースが。
切り替わる。
そして、それと同じぐらいのタイミングで。
彼が。
来た。
「あら。いらっしゃい」
「遅いぞっ」
「すいませんっ」
「もうあなたの分の蕎麦も食っちゃいましたっ」
「ぐへえ。すんません蕎麦ください」
奥の厨房から、了解という声。
「この子。緊張して、蕎麦勢いよく啜りすぎて喉詰まらせてたよ」
「なにやってんだおまえ」
「だって。だってだって」
ようやく、退院して。
「お願いしますよ。あの日の。続きを」
「そうだな。結婚するか」
「はい。結婚しましょう」
涙。
やっぱり、止まらなかった。
彼の分の蕎麦が出てくる。横取りして、かぶりつく。
「おい食うな食うな。俺の蕎麦だ」
ニュース。
監視カメラと危機管理サービスの接続が、大々的に報じられていた。
「で。とりあえず、どっちの部屋に住むんだ?」
「まずは、あなたの部屋に。わたしの部屋、ロボット掃除機が家出しちゃってるので」
「わかったよ」
お蕎麦をすすっている。彼。いつもの、横顔。
足元には、ロボット掃除機。わたしの涙をお掃除し続けていた。
⚓雨の中に(フリースタイルカクヨムバトル) 春嵐 @aiot3110
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