第4話 採取屋 ~個体の見分けって難しい

 傷口にはさわるなと忠告されている。


 人間の傷口から滴る新鮮な血は、俺達に悪影響らしい。家畜から移る病気が色々あるんだ、人間もそのたぐいを持ってんだろう。


 俺達に関係あるのは傷口でも血でもなく、人間が最後に目にした景色だ。触媒液の中に目玉を入れて振れば、景色が流れ出して採取できる。

俺は素材採取が専門だからその後の加工方法は知らない。が、最後には夏の虫よけになる。窓につるしてキンキン鳴る高い音を聞くと、夏が来たなーって思う。


 純度、結合力、その他色んな条件で虫よけに使えるかどうかが決まる。


 良い採取場所は冬の雪山、1人で死んでいる場合。

 1人で死んでる個体の純度は高いけど、見つけた時点で劣化し過ぎて使えないことがほとんどだ。その点、冬の雪山は良い。急速冷凍されるから状態の良いものが取れる。そうは言っても時間が経てば劣化するのは同じだから、やっぱり採取はなるべく早い方が良い。

まあ、滅多にお目にかかれない上物だけど。


 次は縄張り争いで死んだ人間。家畜同士の縄張り争いなんて俺達に関係ないけど、これで死ぬ個体からは結構な確率で良い物が取れるから狙い目だ。ただし、血が流れてることが多いから危険度は高い。

 同じ場所で争う人数が少ないほど、硬質で純度が高くなる。もし、運良く発生場所に遭遇したら、あらかじめ間引きしておけって指導されてるほどだ。間引き対象外の個体の特徴は、……なんだったかな?

 細かい注意事項が結構あって気を使うんだよ。俺から見たら同じでも、先輩から見ると違うらしい。


 年寄りの個体は濁りが酷いことが多いから避けるように言われてる。取ったところで使い物にならないから触媒液の無駄遣いだって。

子供の個体は、純度は高いけど密度が低すぎる。使い物になるくらいの数から採取すると、手間だけが増えて赤字になるから無視しなきゃいけない。


 目玉を取るだけの仕事かと思ってたら案外大変で、ちょっと後悔してる。でも、研修受けてすぐ辞めるのもなんか、あれなんだよな。

 変わった先輩が多くて、休みの日は冬の雪山に個体探しに行く人もいる。みんなの前じゃ見つけたら臨時収入入るからって言ってるけど、1人で死ぬ個体を作るために仕掛けしてるらしいって同期から聞いた。それやると、冬の雪山に入る人間が減るから禁止されてんのに。見つかったら首になるし、罰金も凄いって聞いたから、俺はその先輩に近付かないようにしてる。


 最近は養殖も研究されてるみたいだけど、良い結果は出てないって聞いた。

人数を絞って養殖しても天然物の2級品以下の品質らしい。利益を上げようと人数を増やせば、品質はますます落ちる。今のところ、利益どころか赤字にしかならないと先輩が話してたから、俺達の仕事はしばらく心配しなくても大丈夫みたいだ。ようやく慣れてきたのに仕事がなくなるなんて勘弁願いたいから、研究が進まないように祈ってる。


 今日も縄張り争いのあとに行って、触媒液の中で目玉を振った。


「おいっ! こっちの奴、取り忘れてるぞ」

「すんません!」

「一番良さそうなのを取り忘れんな。こういう歪んだ顔の人間から良いもん取れるって教えただろ」

「えっ、これが『歪み』の人間ですか。……見分けついてませんでした」

「まあ、判断し辛い個体もいるからな。どっちにしろ、取り忘れに気を付けろよ」

「……っす」


 そう言って、先輩は持ち場に戻った。

 俺は歪んだ顔の人間をまじまじと見る。言われてみれば、見本で見せてもらった人間の顔と似てなくもない。

口と目で判断しろって言われてもなぁ。口の端があがってたら良いらしいけど、こいつ片方だけ上がってる? ってくらいだし。同じ恰好してるわ、顔も薄汚れてるわで見分けつかないって。


 やっぱ経験で分かるようになるのかね。


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 戦場で死んだ遺体の口の端が微かに上がっている。

 採取屋の言う「歪み」は人間の微笑みだった。品質の判断材料にしかならない、意味のない微笑み。

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人間という家畜から資源を採取するための各種方法と手段 三葉さけ @zounoiru

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