第4話 想いが通じる5分前

 朝からの強烈だった日差しも弱まってきた9月。2学期が始まった。

 教室で提出する夏休みの宿題などを確認していたら、木村がやってきた。

「吉永さん、夏休みのウサギ小屋当番だけど、行けなくてごめん」

「ああ、いいよ。代わりに田中が来たし」

「それだけど、……僕、ちゃんと当番に行こうとして家を出たら田中がいて、強引に当番を代わるって言われて……」

「どういうこと?」

「うん、それで、田中がとにかくお前は来なくていいから塾に行けって言うから、そうする事にしたんだけど……、僕、よく田中が吉永さんを揶揄っているのを見ていたから、大丈夫かなって心配になって――」

 木村の都合でなくて、田中が強引に当番を奪っていったって事なの? 


 教室の隅で男子達とふざけていた田中を見やると、田中も私と木村が話している事を知り、慌ててこちらに近寄ってきた。

「木村、何しているんだよ! おまえは早く自分の席に戻れ!!」

 田中は木村を追い払うように急かした。

 木村は「じゃあ、そういう事でごめんね」と言いながら自席に戻っていった。

 私はジロリと田中を睨みつけた。

 すると田中は目を天井の方へ向け、とぼけた様子を見せながら、「吉永、あのさ、これあげるよ」と、ジーンズのポケットから小さな紙袋を取り出した。

「開けてみてよ」

 促されて、無言で開けてみると、ビーズで作られた犬のキーホルダーが入っていた。

「可愛い。これ、どうしたの?」

「うん、おまえの家の犬の代わりにはならないけど、癒しになればと思ってさ」

 田中は頭を掻きながら、耳まで赤くなっている。

「……ありがとう」

 でも、どうして急に犬のキーホルダーなのだろう。

 さっきの木村の話から、何となく、田中は私の事を好きなのかもしれないと思い始めていた。少女漫画では、好きな女子をいじめてしまうという王道の設定があるし。

 自惚れでもなく思い当たる節が幾つもあった。

 キーホルダーを見ながら悶々と考えていたら、隣の席の里香ちゃんが、ひょいっとこちらを見た。

「まゆかちゃん、夏休みは当番代わってくれてどうもありがとう。田中からお土産もらったの? 私からもはい、これ」

 里香ちゃんは田舎の銘菓と犬用のおもちゃをくれた。

「これ、うちの犬に?」

「うん、そうだよ。田舎で大きいペットショップに行ったら、可愛いのが沢山あったから、まゆかちゃん家のワンちゃんにいいかなと思って」


「おい!」

 田中がやや怒り口調で会話に割り込んだ。

 里香ちゃんが何よという顔で田中を見た。

「山田里香! おまえ、知ってて、そのお土産渡してんの?」

「何を?」

「だって、吉永の家の犬はもう……」

 田中が言ってはいけないと伏し目がちに言葉を濁した。

 んん? もしかして田中は、夏休みに私が話したことを気にしているのかも。


「まゆかちゃん家の犬がどうかしたの? 昨日も家の犬と一緒に散歩したけど? 

 公園でばったり会ったんだよねー、まゆかちゃん」

「そうだね」

 田中が目を丸くしている。

「……田中、もしかして勘違いさせていたらごめん。家の犬は車にひかれたんだけど、死にはしなかったのよ。少し足が不自由になったけど、元気なの……」

「ええええっ?!」 

「ごめん。私の言い方が悪かったんだと思う」

「田中ってば、まゆかちゃん家のワンちゃん死んだと思ってたの?」バカだなぁって、里香ちゃんが大笑いしている。

 田中は顔を真っ赤にして、プイっと自分の席に戻っていった。


 先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。

 私より前の席に座っている田中の耳がまだ赤い。

 

 この夏休みは、私の田中に対する見方が180度変わったと思う。

 今まで知らなかったけど、俊足な事、笑顔がお日様みたいな事、そして照れ屋で本当は優しい事。

 考えたらドキドキして、頬が火照ってしまった。きっと、田中に負けないくらい赤くなっているかもしれない。

 田中がチラッと後ろを振り返り、

 今度はタコの頭から湯気が出ている落書きを見せて、ベーっと舌を出してきた。

(ふん! 自分もタコになっているくせに)

 私もベーっと舌を出したら、お互いに目が合って微笑んだ。


 ――想いが通じる5分前。

 2学期は、田中と一緒に生き物係をやりたいと思えた瞬間の出来事だった。

 

 了

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ウサギ小屋のラプソディー 仙ユキスケ @yukisuke1000

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