第3話 ウサギ小屋当番の2回目

「やっぱり、あちぃ……」

 暑さを恨めしく思いつつ、今日は、里香ちゃんの当番を代わってあげた2回目のウサギ小屋当番の日。

 当番表によると今日の相方は、木村だった。

 木村は、がり勉で、真面目なもやしっ子タイプの男子。大人しい性格だから、揶揄からかわれることもないでしょうね。ああ良かったぁ。

 前回よりも気分を上げながら人気の少ない朝の校庭に入り、ウサギ小屋に向かうと、

「――!! って、何で田中がいるのよ!?」驚いて叫んじゃった。

「よう、卵ちゃん! ――っでなくて……、吉永、おはよう」

(むむむっ―――)

 口を利きたくなかったけど、疑問の方が大きかったから、なぜいるのか聞いてみた。

 すると田中は、

「いやぁ、木村がさぁ、塾の夏期講習があるからどうしてもウサギ小屋当番代わってくれって言ってきてさぁ――ははは……」

 やや尻切れの悪い、乾いた笑いを交えながら説明してるけど、まあ、

「……分かったわよ。木村なら塾が忙しいって理由も納得できるしね」

「ふん。おまえ、木村の事が分かるなんて、木村に惚れてるの?」

 と意地悪な目で見てくる。

「ち、違うし! 塾が忙しいのを分かると言ったのに、どうして惚れてるになるわけ? あんた、少し発想が変よ!」

「おまえのせいだよ!」

「何が私のせいよ。何もしてないじゃない。どうして、いつも、いつも私に意地悪するのよ!」

 日頃の蓄積された鬱憤うっぷんが、怒りを我慢できなかった。

 真っ赤になって拳を振り上げ、“ドン”とウサギ小屋の壁を思いっ切り強く叩いた。

 私の精一杯の攻撃が功を奏したのか、田中は少したじろいだ。


 と、その時“カチャリ”と音が聞こえ、2匹のウサギが校庭にダッシュしていったのが見えた。

「!!」

 ――何が起こった……っ?

 田中と言い争っていたら、鍵を開けたままにしていたウサギ小屋の扉からウサギが脱走したのだ。あっという間に2匹はそれぞれ逆方面に逃走している。


(小屋から逃げ出すウサギ……)

 その光景を見た瞬間、突然貧血のようにクラクラしてきて、私の頭の中で昔の映像がフラッシュバックされた。

『キキ――ッ』車の急ブレーキ音。

『危なああぁい――っ』と誰かの大きな叫び声。


 心臓がドキドキと大きく音を立てている。両手が汗ばんできたことも分かった。

 きっと顔面蒼白になっているだろう。

 早くウサギを捕まえなければならないのに、足が一歩も前に進まない。


 そんな私の横をヒュンとつむじ風が通り抜けた。

「吉永、何を突っ立てるんだ! 早くウサギを捕まえよう!」

 田中が、ウサギに向かって一目散に駆け出している。

 田中は早かった。

 動けない私に代わって、まず1匹目のウサ子を捕まえて私に渡した。

(ウサ子ちゃん、良かった――……)

 渡されたウサ子のモフモフした感触に癒されて、どんどん自分の感覚が戻ってくる。

 ウサ子を小屋に戻して鍵を確かに閉めたら、もう1匹のピョンタを探しに行こうと校庭へ足を向けることができた。


「おおい、よ・し・な・がぁ――」

 田中の声が用具置き場の小屋の方から聞こえてきた。

「田中」

「吉永、ピョンタはこの物置の下にもぐりこんじゃったんだ」

「ええ?」

 どうしよう。でもここは用具置き場だから、何か役に立つ物が置いてありそう。

 物置の中を物色していたら、高跳びのバーが立て掛けてあるのを見つけた。

「ねぇ、田中。この高跳びの棒で物置の下をつついてみようか! もしかしたらピョンタが驚いて出てくるかもよ?」

 田中は一瞬あきれたような顔をしたが、すぐに身を乗り出して「やってみよう」と棒を一緒に持ち出し、物置の下をつついてみた。

 何回かつついてみたら、ゴソゴソとピョンタが這い出てきた。

「出てきたわ!」

 思わず嬉しくて大きな声を出したら、ピョンタはまた校庭へ向かって猛ダッシュしていった。

「バカ! 大声出すなよ」って、田中も猛ダッシュしてピョンタを追っていった。


 田中は校庭の土を巻き上げながら、果敢に走っている。

 ピョンタの方も捕まるまいと、広い校庭を縦横無尽に駆け回っている。

「頑張って!! が・ん・ば・れ――」

 気が付けば全力で田中を応援していた。

 田中も「おう!」って手を上げて応えている。


 ピョンタ捕物劇は、結局20分ほどの攻防の末、田中がピョンタをガシっと捉えて幕を閉じた。

 ピョンタを小屋に戻したところで、ホッとして小屋の前に座り込んでしまった。

 田中は大汗をかいて、「はぁ、はぁ」とまだ息が整わない様子。

 私は自分の荷物を引き寄せ、

「これまだ口を付けてないから、飲んで」と、麦茶の入ったピンクの水筒を渡した。

 田中は受け取って、照れながらもゴクゴクと音を立てて飲んだ。

「ごめん。私がウサギ小屋の壁を叩いたから、扉が開いてしまったのよね」

 素直に謝ると、田中は水筒の麦茶を飲み干し、今までにない真面目な顔で言った。

「別にいいよ。朝のトレーニングにもなったし。それに怒らせた原因は俺にもあるし……。それより、おまえの方は大丈夫なのか? さっき、様子が変だっただろう?」

 

 さすが田中は気が付いたよね……。いつも、しょうもない事まで嫌がらせのように指摘するヤツだもの。

「うん、実は5年生の時、室内で飼っていた犬が、私の不注意で玄関を開けっぱなしにした隙に外に出てしまって……。で……――、車にひかれちゃったんだ……」

 その時の様子は1年経った今でも忘れられない。家族は誰も私を責めなかったけど、私のせいだという思いはずっと消えない。

「そうかぁ、だからウサギが逃げたときに、思い出しちゃったわけだ」

「――うん」涙が出そうになるのを必死に堪えた。

「でも、それは吉永のせいじゃないよ。自分で家から出た犬のせいだ!」

「そう思えよ」って、田中は歯を見せてニッコリお日様のような顔で笑った。 

 本当に男子ってお子ちゃまだ。でも、お陰で少し心が軽くなったように感じた。


 5分ほど休憩を取って、私達はいつものようにウサギ小屋当番の仕事をした。

 田中との別れ際に「また、2学期ね」と私から声をかけた。

 田中も「じゃあな」と歩き始め、顔は前を向きながら、後ろ手で手を振っていた。

 やっぱり田中は苦手だけど嫌いじゃない。少しは他の女子の気持ちが分かったような気がした。


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